「源流を遡る」 第1回
第1回 amberコドンって? <2006年12月>
唐突ですが、毎日研究で使っている”物質”や”手法”などに付けられている名前を不思議に思われたことないでしょうか?語源をどこかで聞いたことがある程度で、詳しくは何か知らないものも多いはずです。
例えば“タンパク質(蛋白質)”。なぜ蛋白質というのでしょう?ソモソモ、“蛋”なんていう漢字は、蛋白質という字を書くとき以外には使いません。不思議です。辞書を引いてみると、“蛋”という字には『鳥の卵』という意味があるようです。すなわち、蛋白とは「卵の白身」の部分。卵の白身って蛋白質の塊という感じがしますよね。
そこで今回からシリーズで、上に示したような“私の中のモヤモヤ”を調査し、その調査結果をこの場を借りて、勝手に報告させていただくことにしました。お時間のある方のみ、お付き合いください。<ただし、私は学者ではなく、あくまでも一研究員ですので、知識不足の部分はご了承ください!>
今回は、“amberコドン”について調べてみました。終止コドンには3種類あり、それぞれUAG(amber)、UGA(opal)、及びUAA(ochre)というなんだか不思議な名前を持っています。この語源は、学生時代におぼろげながら聞いた記憶があるのですが・・・、既に忘れており、長い間私を悩ますのモヤモヤになっていました。
まず手始めとして、インターネットを活用して調査しました(便利な世の中になったものです)。必ず最初の論文があるはずです。しかし、私の探し方が悪かったのか、最初の論文はなかなか見つかりませんでした。さらに探したところ、総説 : ”The Amber Mutants of Phage T4”(Genetics 141: 439-442 (1995))に当時の命名の経緯がかなり詳しく書いてあることが分かりました。皆さんも時間があるときに読まれると面白いと思います。
以下、掻い摘んで説明します。
この命名劇は、1960年前後のT4ファージを用いた変異実験が発端のようです。ぎりぎりコドン表など無い時代の話です(遺伝子がDNAであることは分かっていましたが)。
この実験を考案したDr. Dick Epstainは、当時Caltechの研究者であり、大学院生のCharley Steinbergとアパートをシェアして暮らしていました。そして、夜な夜な自説“rII mirror gene hypothesis”について、ワインを飲みながら激論を交わしていたようです。ちなみに、Charelyはその説に少し懐疑的でした。
そしてある日、2,000個のファージのプラークをピッキングするという、かなり手間のかかる実験によってその説が裏付けられるのでは無いかという結論に落ち着きました。そして2人は、その“かなり”大変な実験をある大学院生をうまく説得して実施してもらう約束を取り付けました。その大学院生の名前は“Harris Bernstein”。もし実験がうまくいったら、そのミュータントに彼にちなんだ名前をつけるという胡散臭い条件で、交渉は成立したようです。
その実験は2種類の大腸菌(K12S(λ)とB株)に変異処理したT4 ファージを感染させ、K12S(λ)だけでプラークを形成するような株を選抜するという大掛かりな実験です。幸運なことに、2,000個のプラークを調べた結果、幾つかそのようなミュータントが得られることが分かりました。分離されたミュータントは、K12S(λ)株ではプラークを形成することが出来ましたが、B株では形成することが出来ませんでした。実験は成功でした。
そこでEpstain達は約束どおり、このミュータントに彼にちなんだ名前をつけることにしました。当時Harris Bernsteinは、ドイツ語の“Bernstein”が英語の“Amber(琥珀(色))”を意味することから、“Forever Amber(注1)“というニックネームで呼ばれていたようです。そして、このミュータントは”amber” ミュータントと命名されました。まさにこれが、amberコドンの語源になりました。
その後の研究で、amberミュータントはUAGへのナンセンスミュータントであり、amber サプレッサー系の無いB株ではレスキューされないことなどが、次々と別のグループの研究で明らかとなりました。この研究は、サプレッサーtRNAなどの研究の先駆けになりました。
その後UGA、及びUAAに関しても同じような現象が発見され、洒落でそれぞれopal(オパール(色)(蛋白石色))、及びochre(黄土色)という名前が付けられたようです。何故それらの色が選ばれたのかまでは、今回調べられませんでした。
そういえば、オパールって蛋白石とも呼ばれることをご存知でしたか?私は今回初めて知りました。なんでも、卵の白身が熱で少し固まったときのような薄い白色が目立つのでそのような名前になったようです。少し面白いですね。
今回のリサーチはこのあたりにしておきます。自分自身、かなり勉強になりました。次回は、いつになるか分かりませんが、期待せずにお待ちください。では。
注1) Forever Amber (永遠のアンバー):1947年アメリカ映画
17世紀のイギリスで捨て子のアンバーが美しい娘に育ち、都会の上流階級に憧れるストーリー。この映画は、当時アメリカで流行っており、それがHarris Bernsteinのニックネームになっていたと思われる。ちなみに、Bernsteinさんは、学者になられたそうです。
(T.K.)
2006年12月掲載
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