「昼休みのベンチI」 第3回
『バイオ研究者の知財戦略−アイデアの作り方からその活かし方-』(第3回) <2007年8月>
スーパーマッケット、コンビニで、一度、かごに入れた食品を元へもどした経験はありませんか。「特価品で、何気なく取っちゃたけど、どうしようかな」「やっぱり、戻そうかな」「他人が見てるし、カッコ悪いな〜」しかし、大きな決意を持って、断行します。その間、脳は、めまぐるしく活動します。過去の経験(味がもうひとつだったかな?あの時は、もっと安かった)、新しい情報(最近、太り気味、こちらの方がおいしそう)の中で、言い訳を探し、心は大きく揺らいでいます。懸命に自分の判断が正しいと言い訳を探します。このナイーブさと英断が、つまり、この揺らぎが、アイデアには大切かもしれません。平気でできるオバチャンには、全く、揺らぎはありません。ところで、何でも、女性の方が、男性より脳梁(のうりょう)という左右の大脳半球をつなぐ神経組織の後部が太いとのことです。(池谷 裕二 日本経済新聞2007.7.18夕刊)このことと前述のことはまったく関係ありません。念のため。
今回は、「アイデアのつくり方」(James Webb Young著)の第三段階、孵化段階で、もっとも、歓喜する瞬間です。そこでは、無意識の下で何かが自然に組み合わせを行っているのにまかせている状態であり、ここからは、理屈ではない神秘的な右脳?の世界です。「これまでにないことを思いつきたい」「この問題を解決したい」という強い意思「集中」を持ち続けることによって、脳の無意識の世界で、ある細胞の中で、ある分子の集合を促し、着々と、ひとつの概念の熟成を行きます。それが、突然、意識下に浮かび上がってきます。「分った! そうか! AHa! 」と、声を発する瞬間です。世の中がパッと明るくなり、すべてが、自分のために動いているように感じます。「自分は何てすばらしい人間なんだろう」と幸福感に浸る時です。
「ひらめき」には、視覚情報の処理に関わる後頭葉、記憶や聴覚情報の処理に関わる側頭葉、動きや感覚の処理に関わる頭頂葉、知的創造活動に関わる前頭葉、そして、記憶を作る海馬などが関与するらしい、つまり、脳全部ということのようです。脳全部が一度に活性化される訳ですから、幸福感が味わえるはずですね。
茂木健一郎氏によると、「アハ体験」とは、閃きや気づきの瞬間の「あっ!」と感じる体験のことを言い、わずか0.1秒の間に脳内の神経細胞が一斉に活性化するという。ただ、この「体験」がいつ起こるのか、まったく、予測できません。ある研究テーマが終了して、十数年後に「アハ体験」することになるかもしれません。(ひらめき脳 茂木健一郎著 新潮新書)
私も、なぜ、こんな現象が起こるのだろうかとその時は、いくら考えても答えが出せなかったのですが、数年後に、ふと、「そういうことだったのか」と分かった経験があります。私の脳の深層細胞では、せっせと、答えを出そうと気にしてくれていたということですね。
皆さんは、いつ、どこで、アイデアが浮かびますか。夜中の寝付くときですか、朝、目覚めたときですか、それとも、トイレ、浴室、散歩、ダイエット運動、電車や飛行機内、演奏会、洋上での釣り、でしょうか。発想が浮かぶときは、問題意識で凝り固まっているときではないですね。問題意識をすっかり忘れているリラックス、「弛緩」した時が多いようです。また、人との会話で、相手の話しとは、まったく違うのに、連想で、ひらめくこともしばしばあります。シナプスの回路が相手の話で急にポイントが切り替わったせいでしょうか。
湯川秀樹博士は、自伝「旅人」の中で「私は、奥の狭い部屋で寝ていた。例によって、寝床の中で物を考えていた。大分、不眠症が昂じていた。いろいろな考えが次から次へと頭に浮かぶ。忘れてしまうといけないので、まくらもとにノートが置いてある。一つのアイデアを思いつくごとに、電灯をつけてノートに書きこむ。こんなことが、また何日かつづいた。十月初めのある晩、私はふと思いあたった。」と書いています。考え続ける「集中」と睡眠に入る「弛緩」の要素をうまく使い分けることのようです。
どうも、目の前の情報入手に多く費やす、視覚に集中している時は、ひらめきの邪魔をしているように思います。脳は、視覚情報を受け取ることに注力することで、視覚情報を是認し、他を認めようとしないとする働きをするようです。そんな時は、目の前の視覚情報を疑って見てみるように努める事も、大事です。ですが、信号機のある前で、視覚情報を疑って見てみるようなことはしないでください。静かなところでお願いします。これは、座禅での半眼に通じるところがありそうです。
サントリーのお茶「伊右衛門」の企画は、京都宝福寺で座禅を組んで、旅館で京料理を楽しんだ後の会議で、生まれたそうです。座禅で「集中」と京料理を楽しむ「弛緩」の要素があり、うまく出来ており、この話し、サントリーの好みそうなストーリーですね。とにかく、普段の環境を変えて、たくさんの刺激を受けることが、ひらめきには、大事なようです。
アイデア(ウー)マンと言われる人は、話題が豊富で、好奇心が強い、人生前向きの人が多いようですが、その反面、強情なところもあり、一人で行動する、独りで考える時間を作ることが出来る人であることも、重要な要素のようです。いつも、食事やトイレに行くのも、誰かと一緒でないと、落ち着かない人いませんか?自立心がない人からは独創性は期待できません。
ひらめきが偶然とするならば、小柴先生の話も偶然です。小柴昌俊東大名誉教授は、神岡鉱山跡に3000トンの水を貯めた「カミオカンデ」という施設を作りましたが、そこに、大マゼラン星雲で、超新星爆発が起こり、その時、放射されたニュートリノが、十七万年をかけて、地球を通過、もちろん、この3000トンの水の中も、通過し、チェレンコフ光を捉えることが出来たのです。大宇宙を舞台にした、何というスケールの大きな偶然でしょう。2002年ノーベル賞を受賞しました。
しかし、ひらめきや小柴先生の話は、準備された偶然なのです。このように、求めずして思わぬ発見をする能力をセレンディピティと言うそうです。小柴先生は、自信を持って、偶然ではなく、周到に準備した必然とおっしゃるでしょうね。
「準備のないものには、幸運は来ない。」 では、早速、今から、自分のセレンディピティ能力を確認するために、赤鉛筆と競馬新聞を持ち、用意周到に準備をして、馬券を買いに出かけることにします。いや、それとも、6億円の出たサッカーくじの方がいいかな。これでは、用意周到とは言えませんね。
では、次回、又、お目にかかりましょう。
★今月の参考図書
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(昼休みのベンチ)
2007年8月掲載
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