「また、西海岸。の風に吹かれて」 第24回
第24回 分子「観戦」学 <2010年11月>
みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西日本の西海岸地方に住む一地方大学教員です。前回は酷暑の夏に原稿を書いていたのが、一転して寒くなり、今年の冬の訪れは早そうですが、皆さまいかがお過ごしですか?「西海岸。」がはじめて米国西海岸のバイオベンチャー系研究所での留学研究生活を送ってから満20年たちました。その頃、お世話になった大学時代の後輩のZ博士は、在米生活20年以上になるということで、最近、久しぶりにその消息を知ることができたのですが、この「西海岸。」の記事を現在は「米国東海岸」で読んでいてくれることがわかり驚きました。Z博士、愛読ありがとうございます。Z博士は、私がこの連載でも何度も紹介したノーベル生理学・医学賞受賞者スタンフォード大学医学部Arthur Kornberg教授の研究室でのポスドクを経て、現在は、ニューヨーク近郊のニュージャージーが拠点のグローバル製薬企業で研究開発に従事しているそうです。彼の同級生で、私も学生時代実験を共にしたT博士も、同地で日系製薬会社の米国現地法人社長として活躍されているので、また、彼らから、現場の最新の医薬品開発の状況など聞けてこちらで報告などできればと思います。
今年のノーベル賞は、みなさんご存知のとおり、化学賞に二人の日本人がはいりました。近年の下馬評にあがる再生医療関連は、また来年以降に持ち越されました。体外受精での受賞は「実用化できているか」という観点で見て行くと、それはそれで順当な結果なのかもしれません。化学賞受賞の先生が、「特許はひとつも取っていない。そのほうがかえって世の中の役にたてた。」というような発言をされていました。以前は、英語ができませんという物理学者も受賞されたので、いずれも各個人のポリシーでなんら問題はないのですが、大学で「論文や学会発表前に特許出願も検討しましょう」と知的財産業務に携わっている教員職員にはやりにくい点も出たことでしょう。大学の目的は金もうけではないはずなのに、一部のビジネスマンがはいりこんで来て、やや方向性をゆがめている面もないわけではないので、今回バランスを考え直してみる点ではよかったのかもしれません。また、遺伝子を特許と認めないという米国でのニュースも飛び込んできていますが、国の政策、方針で研究者が右往左往させられるのもあまり面白いものではないです。
さて、「観戦」学です。前回の「保命」学で、医薬品開発における「臨床試験」について、少し触れたのですが、最近、ある新聞が、ある大学の行った「臨床研究」に関して批判的な記事を書き、両者の間で、ちょっとしたつばぜり合いが起こっています。研究内容や事実関係に関して、専門外の筆者がコメントはできませんが、その新聞は、社説にまで、その問題を取り上げたものの、薬事法にいう「臨床試験(治験)」と薬事法に関わらない「臨床研究」を用語上で明確に書き分けず、どちらにも「臨床試験」という単語を用いているので、一般読者にとっては非常に分かりにくい記事になってしまっていたのは残念です。と書いただけでは、このエッセイも同様に分かりにくいままになってしまうのですが、今回は、その点は勘弁願って、特に医療関係については、新聞記者さんは、医師並みの知識経験を持つのは無理なのですから、あくまでも一般読者の立場から見てわかりやすい記事を書いてほしいものです。理学部、工学部、薬学部、農学部出身の科学記者はたくさんいるでしょうが、医師免許を持っている新聞記者は聞いたことありませんね。医師出身の小説家や政治家、経営者はいくらでもいるのに、なぜなんでしょう。
と、ここで外野から「観戦」しているだけでは無責任なので、カンセンの方向を変えて、日本「感染」症学会が、とある地方で開いた「感染症でおこるがん−がんの予防をめざして−」という市民向けのシンポジウムを観戦ならぬ聴講してきた話をしましょう。個人的な例で恐縮ですが、配偶者の兄や私の従兄弟など、どちらも私と同じ年でありながら、この数年内に胃がんや肝臓がんで亡くなり、とても他人ごとではなく、配偶者に誘われて休日の午後に出かけました。私の学生時代は、胃がんも肝臓がんも感染症という認識はありませんでしたが、今や、ヘリコバクター・ピロリ菌の胃への感染による胃がん、B型・C型肝炎ウイルス感染による肝臓がんが知られるようになってきました。そして、ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頚がんも女性にとっては重大な話題です。今回のシンポジウムは、ご自身の子宮頚がん闘病の経験を、女優の仁科亜希子氏がゲスト講演されるということもあり、配偶者に誘われて行ったのです。有名女優の話を無料で聞けるのですから、会場はさぞや満員と思いきや、500人ははいると思われる立派な会場には空席が目立ち、おそらく、もっとも話を聞いてもらいたい、若年の女性が少なかったのは残念です。ただ、会場には地元のテレビ局では有名な女子アナの顔は見えましたから、いずれ、何かの番組には活用されるのかもしれません。
プログラムの第一部は、それぞれ、胃がん、肝臓がん、子宮頚がんに関する、3人の大学医学部教授による基調講演で、第二部が、仁科亜希子氏によるゲスト講演です。ピロリ菌に関しての除菌療法、肝炎ウイルスに対するインターフェロンと最近開発された核酸アナログによる併用療法、HPVに対する12歳女児から接種が推奨されるワクチンの開発など最近のトピックスが手際よく紹介され、パネルディスカッションは、主催者の一員である新聞社の女性編集委員が司会をされました。この方は医療関係の取材が専門らしいのですが、ご自身も検診無料クーポンをもらったものの、忙しさを言い訳として子宮頚がん検診を受けたことがないと「告白」されていました。このシンポジウムの記事は2,3週間後に載るそうですから、その時に、記者の検診体験記が載るかどうか注目しておきましょう。
仁科亜希子氏は38歳で子宮頚がんが見つかり、その後胃がんも手術され、手術の後遺症で現在に至るも排尿障害や足のむくみに苦しまれているとのことで現在57歳だそうですから19年間、がんと闘い続けてこられたことになります。その経験をもとに、がん治療に関する様々な啓蒙活動をされています。講演の題は「元気な明日のために〜がんに負けない〜」で、最後に、聴衆に向けて、元気、陽気、強気、やる気、勇気の五つの「気」を持ちかえってくださいと言われました。どれも、前向きでがんと闘うには必要な「気」なのかもしれませんが、おそらく、そういう言葉を絞り出すまでにも19年の歳月は必要だったのだろうと思いますし、正直、あまり無理はなさらないでとも思いました。アキ子さんの次は冬を迎えまた新しい年をこすことになるのでしょうか。また会いましょう。
(西海岸。)
2010年11月掲載
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