「続々:西海岸。の風に吹かれて」 第14回

第14回 分子「銅走」学  <2009年3月>

 みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西海岸というとアメリカと思いがちですが、陽光輝くカリフォルニアにて一時過ごしたのは、はるか昔の事で、現在は日本の西海岸在住の某大学教員のペンネームです・・・。 

   さて、分子「**」学のシリーズで続けてきたエッセイですが、今回は分子「銅走」学です。「銅走」という単語は、私の造語なので、意味がわかる方はいないでしょう。1月末に大学卒業以来30数年ぶりの同窓会があり、小さな学部でしたが、卒業生70名のうち50名が集まり盛況でした。まあ、シルバーエイジに突入寸前の「銅」がまだ「走」り続けている「どうそう」会というオヤジギャグで、ごかんべんを。

  前回の分子自伝学は、「分子」も「自伝」も簡単な意味ながら、組み合わせは新造語だったので、グーグル検索では、2009年3月はじめ現在トップに表示されます。そして、そこで紹介した「ヒトゲノムを解読した男−クレイグ・ベンター自伝」(化学同人)ですが、その後、同書は全国紙各紙はじめ週刊誌の書評にも取り上げられたせいか、版元品切れ(2009年3月1日現在)だそうです。このコーナー担当のT.K.さんは、その前に買えたようでよかったですね。

 今回紹介する本は、「銅走」会でちょっとノスタルジアにひたってしまったせいか、今ではちょっと入手が困難な古い本です。書名を書く前に、そのあとがきから引用してみます。

「生物学の研究も、昔のマニュファクチュア的なものを脱し厖大な設備投資を必要とする巨大なものになって来た。その資金を国家や企業にあおがざるを得ないということは逆に研究自体が社会的なものに組みこまれていくということになる。」まるで、先のベンター自伝の書評中に紛れ込ませてもそんなに違和感なさそうな文章です。しかし、本文中に書かれている次の文章はどうでしょうか。「近いうちに、誰かが核酸中のヌクレオチドの配列順序を決定するための研究規範を確立するであろう。」明らかに、サンガー法やマキサムギルバート法が考案された1970年代後半以前の文章ですね。そもそも「研究規範」という言葉使いが古めかしさを醸し出しています。

 この本の著者は、白上謙一、書名は生物学と方法(発生細胞生物学とはなにか)」河出書房新社(1972年2月29日発行)で、30年以上前に近未来を的確に言い当てています。あとがきが書かれたのが1971年4月となっており、発行までに10ヶ月を要して、閏日に発行されたのには、なにか理由があったのか知る由もありませんが、実は、本稿を書いているのが3月1日でして、今年は閏年ではないので、2月28日の翌日の日曜日。たまたま書棚の整理をしていて、ふと手に止まり、学生時代に愛読していたのを思い出し、懐かしく取り上げました。偶然といえば偶然なのですが、29日を忘れるなと、なにか、本書から呼び止められたような気がします。
巻末に研究者を志す人に向けた「研究法雑則」という100ヶ条が付録としてつけられていて、今にも通じる名言、至言ともいうべきものがあります。アトランダムに、少しばかり引用して、その後に「西海岸。」の感想をつけたしてみましょう。

第83条 書籍を自分で購入する費用をおしんではならぬ。日本の図書館は一般に貧弱であるし、僻地にあって頼ることのできるのは書籍だけという場合が多い。
(西海岸。:本書の著者は、執筆時は山梨大学教授で、その後、京都大学理学部教授に転じている。山梨を僻地というと失礼にあたるだろうが、総じて日本の図書館が充実している訳ではない。今や、ネットで何でも調べられるという幻想がある。しかし、この本を当時学生時代に買って持ち続けていなかったら、こうやって紹介もできなかった。)

第102条 書くことが出来る程度にならなければある言語に習熟しているとは言えない。書ける言葉の会話は少しの練習で上達するが、言葉が話せても読んだり書いたりが容易にできるとは限らない。
(西海岸。:語学上達の永遠の課題ですね。一時期、仕事の都合でドイツに滞在した際に、挨拶程度の片言のドイツ語は話せるようになっても、書くのはまったく駄目でした。同様に現地の秘書やテクニシャンは、流暢に英語を話すのだが、書かせるとやはり駄目。それにしても、余計なお世話かもしれないが、漢字の読めない指導者を持った国民は、哀れだし、ワープロに頼りすぎて、漢字がほとんど手書きできなくなってしまった「西海岸。」も情けない。)

第88条 文献をしらべる前、あるいはその途上で自分一人で研究対象についての問題を100ほど設定して見よ。思いつかないようなら君の生物学の勉強が足りないのであり、その大部分が文献にあるようなら君の学問はとらわれすぎている。
(西海岸。:自分では、この実践を行ったことがないので、書き写していても恥ずかしいばかりです。まさに入試シーズンも終わりですが、答えの決まっている問題に答えるだけの勉強は、大学入試までで終わりにしたいものです。)

第86条 読書をする際にはその大意や重要なところを書きぬく読書ノートを作れ。たとえ自己が所有している本についてもそうである。時間がかかると思うかもしれないが、ノートをとるよりも速く理解したり覚えたりすることはできぬものである。
(西海岸。:著者は、1974年に亡くなったそうなので、今のコピペ大学生の現状を見ると、どういう感想を持たれたであろうか。)

第78条 研究用の記録ノート(Protokoll)を一冊(!)用意し、日付、実験計画、気温、データ、運算までをことごとくそれに書け。別々の紙片を用いてはならぬ。
(西海岸。:実験研究者にとっては当たり前のことであるにも関わらず、守らずデータ改ざん、捏造が頻発するのも残念だが、記録をとらずに体外受精卵を扱うような医師は論外。)

 春は卒業、就職、異動の季節になりますが、本欄でまた、お会いしましょう。
 

(西海岸。)
2009年3月掲載

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