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「源流を遡る」 第10回

第10回 生命の糸の解読 -プラス・マイナス法?-  <2008年6月>

aaa   前回は、1970年に制限酵素Hind IIの切断サイトを苦労して解明したというお話でした。当時は今のようなシーケンス技術が確立されていなかったことから、それは大変な労力が必要でした。

    現在、一般的に用いられているシーケンスの原理(ダイデオキシ法、Sanger法と呼ばれることが多い)は1977年に報告されています。この方法は読んで字のごとくFrederick Sanger博士らによって開発されました。今回はその方法が開発された1970年代に遡ってみたいと思います。

   ’70年代には遺伝子がタンパク質をコードしていることは分かっていましたが、それぞれがどのような並びになっているのかを簡単に知る術はなく、その配列を解読しようという気運が高まっていたようです。当時Sangerは、既に「インシュリンの構造決定」によりノーベル化学賞を受賞するという華々しい経歴をもっていました。そのSangerが次に選んだ解読の候補がDNAでした。

    SangerはDNAポリメラーゼの性質に着目し、様々な方法を模索していました。そんな中、Sanger等によって1975年に開発された方法が「プラス・マイナス法」です。この2年後にダイデオキシ法が報告されたため、この方法はあまり知られていませんが、この原理はダイデオキシ法の基礎になっています。このときSanger博士はなんと58歳でした。
 

  F. Sanger and A.R. Coulson, A Rapid Method for Determining Sequences in DNA by 
  Primed Synthesis with DNA Polymerase.
  J. Mol. Biol., 94: 441-448 (1975)

   この方法を理解するには、2種類のDNAポリメラーゼが有する性質を知っておく必要があります。

【Klenow fragment】<マイナス反応に使用>
大腸菌のpolymerase IのLarge fragmentであり、dNTP(dGTP, dATP, dTTP, dCTP)の存在下でDNAを合成しますが、どれか一つのヌクレオチドを反応液から抜くとその塩基のところで反応がストップします。

【T4 DNA polymerase】<プラス反応に使用>
T4 ファージに由来するDNAポリメラーゼであり、強い3’→5’エキソヌクレアーゼ活性(DNAを3’末端から一塩基ずつ削る活性)を有しています。この酵素は、dNTPが存在しない場合、3’末端からDNAをどんどん削ります。もし、dNTPの中のどれかのヌクレオチドが1種類でも存在するとその塩基に対応する鋳型配列が出てきたところでエキソヌクレアーゼ活性とポリメラーゼ活性が平衡に達して反応がそこでストップするという性質があります。


                                図1 プラス・マイナス法の原理


   図1にプラス・マイナス法の概略を示します。

   この方法は、まず1本鎖DNAを鋳型に、Klenow framentを用いてプライマーを基点としてDNAの合成をおこないます。DNAの合成は、様々なところでストップしたDNA断片を得るために0℃で様々な時間行います。またその際に、32P-dCTPを用いて合成DNAを標識しておきます。

   次に、その伸長産物を精製し分割したものを、それぞれKlenow fragmentとT4 DNA polymeraseを用いてマイナス反応とプラス反応を行います。図1は、ある場所でストップしたDNA断片の場合の反応を模式的に示したものですが、全部で8通りの反応を行うことにより、様々な場所でストップした伸長産物を得ることができます(実際には、理論上あらゆる場所でストップしたDNAについて同じような反応が起こり、それぞれの反応産物はそれらの混合物になっているはずです)。 

   その後、反応産物を尿素を含む変性アクリルアミドでそれぞれ精密に分離した後に、放射活性を指標としてDNAバンド検出します(15年以上この分野に関わっている方には電気泳動から先はおなじみですね。大きなゲルを使うあの面倒な方法です)。解析は、出現したラダー状のバンドを下から順番に読んでいくだけです。図1を見ていただくと感覚的にお分かりいただけると思います。

   理論的にはマイナス反応とプラス反応で得られる結果はほとんど同じです。しかし唯一、プラス反応では原理上、同じ塩基が続いた場合、最も3’側に存在する塩基のところで止まったものだけになってしまいます。ということは、マイナス反応だけで良さそうなものですが、論文にはマイナス反応で行った場合も、原因のよく分からない判読不能バンドが出ることがあることが書かれており、実際面で解読の精度を高めるためマイナス反応とプラス反応の結果を総合して判定する必要性があったようです。

   この「プラス・マイナス法」の集大成は、1977年の2月に報告されたバクテリオファージΦX174の全DNA配列の決定です。私は、このファージの全配列の決定はてっきりダイデオキシ法で行われたものと思っていました。

  F. Sanger et al, Nucleotide Sequence of Bacteriophage φX174 DNA.
  Nature, 265:  687-695 (1977)

   このファージの遺伝子は全長で5,375塩基あり、当時としてこの全長配列を決定できたことは本当に快挙と呼ばれるにふさわしい成果だったようです。論文の当時、Sanger博士は59歳だったはずで、この年になってもファーストオーサーとして論文に名を連ねるアクティビティーを維持していたことに少し驚きを覚えます。

   次回は、現在最も良く用いられている方法が開発された1977年当時に遡ってみようと思います。では、今回はこの辺で。

(T.K.)
2008年6月掲載

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