コーヒーブレイク
「源流を遡る」 第6回
第6回 東の果てに <2007年10月>
このシリーズ、物質や手法につけられた名前の起源をインターネットを使って遡り、調査結果をご紹介しています。ここ4回にわたってサザンブロット、ノーザンブロット、及びウェスタンブロット法に関して結果を報告して来ましたが、今回は、そのシリーズの最終回となります。お時間のある方はお付き合いください。
前回、1979年(昭和54年)に報告されたTowbin等のウェスタンブロット法の最初の論文に、「核酸結合タンパク質の検出法のアイデア」が既に書かれていることを少しだけ報告させていただきました。それほど深く触れませんでしたが、その論文には、彼らが検討中のRNA結合タンパク質の検出法の紹介に加え、別のグループがDNA結合タンパク質を検出する方法を既に(彼ら等とは独立に)見出しているようなことが書かれています。
今回、その後別のグループから発表されたその論文を発見しましたので、ご紹介させていただきます。
B. Bowen, J. Steinberg, U.K. Laemmli and H. Weintraub (1980) The detection of DNA-binding proteins by protein blotting. Nucleic Acids Research 8: 1-19 |
この論文は、ウェスタンブロット法が報告された翌年、1980年(昭和55年)に報告されています。この年は、前回の乗りで言うならば、山口百恵さんが芸能界を引退した年ということになります。また、サンガーとギルバードがDNAの配列決定法によってノーベル化学賞を受賞した年でもあります。私が中学に入学した年ですので、はるか昔の話です。
さて、論文の中で述べられている”Protein blotting”(彼らはそう提唱しています)という方法は、PAGE後に、タンパク質を膜上にトランスファーし、ラベルした①DNA、②RNA、もしくは③タンパク質の相互作用を検出するというものです。仮に、③のタンパク質を抗体と置き換えると、それはウェスタンブロット法ということになりますが、その方法は既にTowbin等によって前年に発表されていますので、新規な部分はそれ以外ということになります。
もうお気づきの方も多いかと思いますが、彼らによって提唱された①〜③の方法は、今で言うところの、①サウスウェスタンブロット法、②ノースウェスタンブロット法、及び③ウェストウェスタン(ファーウェスタン)ブロット法にほぼ相当します。ウェスタンブロット法は、タンパク質の分子のサイズと量の情報を与えてくれましたが、これらの方法は、タンパク質の分子サイズと、特定のDNA、RNA、及びタンパク質との相互作用の情報を与えてくれます。さらに、ウェスタンブロット法と併用することにより、相互作用の強さの情報を得ることも可能です。
前号でも紹介しましたが、この黎明期においては、まだタンパク質のニトロセルロース膜へのトランスファーの方法がまだうまく定まっていなかったようです。この論文の中で使われている方法は、電気泳動後のゲルを2枚のニトロセルロース膜で挟み込んだ後、フォームパッドで挟み込んで、バッファーに長時間浸漬するだけという単純な方法です。原理は、単なるタンパク質の拡散現象を利用しています。ただ、Towbin等の提唱した方法(エレクトロブロッティング)もこの段階では今ひとつでした(前号参照)。この論文では、少なくとも「Towbin等の方法では、DNA結合タンパク質は検出できない」ことが述べられています。
今回、残念ながら、これらの方法がどのような経緯で、サウスウェスタンやノースウェスタン、ウェストウェスタン(ファーウェスタン)などと名付けられたかまでは遡ることができませんでした。私が荒く調査しところでは、1985年前後から徐々にそのように呼ばれるようになったようです。
さて、ここまで来て、皆さんには共通の疑問があるのではないかと思います。それは、「イースタン(東)ブロット法」についてです。調べた結果、“イースタンウェスタンブロット”なる記載のある論文を一報発見しました。しかし、よく読むとそれは、「イースタンブロット法」というカテゴリーを主張できるようなものではないように感じました。
良く考えると、方向が4つあるのに対し、セントラルドグマのメンバーは3種類しかありません。ですから、誰もが納得する「イースタンブロット法」は、今後、しばらくは出てこないのかも知れません。東の果てにどんな世界があるのか、興味のあるところです。
1975年にサザン博士により「サザンブロット法」が提唱されてから、1980年までのたった5年の間に、ブロッティング法は、東を除くあらゆる方向に発展をみました。
そんな中、もし最初の方法をサザン博士ではなく、別の名前の学者が報告していたらどのような発展をしたのか、少し興味あるところでもあります。それは、「卵が先か、ニワトリが先」かの議論になりそうですが、人間におけるところの姓名学的な要素も、多少なりこの手法の普及の仕方(方向性)に影響を及ぼしたように思えてならないからです。各人に付けられた名前が、その人の人生に多少なりとも影響を及ぼすように・・・。
最後に、短期連載で終わるつもりで書き始めたブロッティング法のお話ですが、調べれば調べるほど奥深さにはまってしまいました。お付き合いいただきましてありがとうございました。また面白そうなネタを見つけてご報告できる日を楽しみにしています。では。
(T.K.)
2007年10月掲載
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