コーヒーブレイク

「源流を遡る」 第5回

第5回 西への分かれ道 −なぜウェスタン?−  <2007年8月>

   昭和54年(1979年)。家にはダイヤル式の黒電話が当たり前、日本中の小学校でインベーダーゲームが問題になっていたそんな頃、ウェスタンブロット解析の最初の論文が報告されています。今の学生さんには古い話で恐縮ですが、あのキャンディーズの解散コンサートが行われた翌年のことです。当時、私は小学校の高学年でしたので良く覚えています。毎日遊びほうけていて、将来このような分野に進むなんて、想像だにしなかった頃、世界のどこかの研究室でウェスタンブロット解析が行われていたなんて、少し新鮮な驚きです。

   皆さんの中には、先輩から「明日、ウェスタンやるから」といわれて、「ウェスタンって何?クリントイーストウッド?」とか、思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?私もそうでした。私はその頃から、この「ウェスタン」の語源を一度調べてみたいと思っていました。今回、やっと少し詳しく調査する機会を得ましたので、お時間のある方、お付き合いください。

   これがその最初の論文です。スイスのグループから報告されています。

  H. Towbin et al. (1979) Electrophoretic transfer of proteins from polyacrylamide
  gels to nitrocellulose sheets: Procedure and some applications. 
  Proc. Natl. Acad. Sci. USA 76: 4350-4354

   下にウェスタンブロット解析の原理を簡単に示します。皆さんには、説明は不要かも知れませんね。要するに、サザン法やノーザン法のDNAやRNAをタンパク質に置き換えた方法と言えなくはありません。検出は、ハイブリダイゼーション解析は無理ですので、標識抗体を用いて行います。目的とする分子の分子量と量の両方が一度に分かるというメリットは、サザンやノーザン法と全く同じです。単純な方法のように書いてしまいましたが、この方法、現代の生化学や分子生物学の分野に与えた影響は計り知れないほどのすごい方法です。

   この論文、かれこれ30年近く前のものですが、現在でも使われる技術が多く使われています。当時、既にモノクローナル抗体をペルオキシダーゼやFluoresceinで標識したものが使われていますし、早くもスラブ式のゲル(平板ゲル)が使われています(このゲルなしに、ウェスタン解析は語れませんね・・)。さらに、この論文では2次元(2D)電気泳動解析まで行われているようです。

   膜へのタンパク質の転写は、今で言うところのウェット法(バッファー中で電場をかけて膜にタンパク質を転写する方法)が用いられています。膜は、サザン法同様、ニトロセルロースが使用されています。この論文のFig.1にこの原理が図示されているのですが、まさに現在研究室で行われている方法そのものです。皆さんも是非一度ご覧になってください。

    また、この論文の秀逸性は、Discussionの最後の展望のくだりにも見て取れます。核酸結合タンパク質を電気泳動→ブロッティングした後、標識したDNAやRNAと反応させて検出するというアイデアが既に記載されています。これは、今で言うところの「サウスウェスタン解析」等の原理を暗示するものです。

   しかし、この論文の唯一の欠点は、SDSを含むゲルからは定量的なブロッティングは難しいと結論している点かも知れません。Ureaゲルでの電気泳動後、酢酸中で1時間エレクトロトランスファーする方法を最終的には推奨しています(ただし、論文にはSDS-PAGEのゲルからのブロッティング法も記載されており、組成もプロトコールも今のものとさほど変わりません。トランスファーの時間を1時間に設定している点以外は)。

  上の論文には、もちろん「方角シリーズ」の起点となったサザン博士の記念碑的論文が引用されています。しかし、今までの二つの方法(すなわち、サザンとノーザン法)の最初の論文の筆者達が自分の考案した方法に論文中で名前をつけなかったように、この論文の筆者たちも、自分達の見出したこの新手法のネーミングに関しては、全く触れずじまいです。

   では、「ウェスタン(西)」ブロットという名前は誰が付けたのでしょう? 「南」の次が「北」という発想は分かりますが、この場合は「西」でも「東」でも良かったのではないかと思ってしまいます。このネーミングは、私の調査が正しければ、次の論文の著者によってなされたものと思われます。

  W. N. Burnette (1981) “Western Blotting”: Electrophoretic Transfer of Proteins from
  Sodium Dodecyl Sulfate – Polyacrylamide Gels to Unmodified Nitrocellulose and
  Radiographic Detection with Antibody and Radioiodinated Protein A. 
  Anal. Biochem. 112: 195-203

   既に挑戦的な論題がつけられていることがお分かりと思います。この論文は、H. Towbin等の報告の「SDS-PAGEゲルからのトランスファーが定量的ではない」という問題点を解決したという内容です。結論は、トランスファーは1時間では不十分で20時間かけて行うと定量的に行うことができるよ!という単純なものです。しかし、当時既にSDS-PAGEが主流でしたから、この改良によって、この方法の応用範囲は格段に広くなったのは確かです。

    この論文のイントロダクションの最後方には、「今までサザン博士に敬意を表して、トランスファーをともなう技術には『北』とか『南』とかの方角に関する名前が付けら来たようだ。よって、今回報告するこの方法を『ウェスタン(西)』ブロットと呼びたい」、という記載があります。なぜ、東ではなく西にしたのかという記載があればよかったのですが、それは無いようです。しかし、これ以降、この方法が、「ウェスタン(西)」ブロット法として広まったのは確かなようです。

   ちなみに、前回までに得られた知見を総合すると、サザンブロット法の報告が1975年、ノーザンブロット法が1977年に、そしてウェスタンブロット法が1979年に報告されていますので、1975年からの4年間に2年ピッチで、「方角」の冠された3つの方法が発表されたことになります。
今回の調査は残念ながらここまでです。

   今から振り返ると、当時の日本は日の出の勢いで成長していました。ニュースの「GNPの成長が止まりません」、という報道を子供心に憶えています。あの頃が、良くも悪くもちょうど日本の分かれ道の時期だったかも知れません。

(T.K.)
2007年8月掲載

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