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「昼休みのベンチII」 第22回

『野外へ出よう!』(第22回)  <2011年12月>

  10月30日NHKスペシャル「秘境ブータン 幻のチョウを追う」※のTV番組を、昆虫少年だけでなく、観られた方も多いと思います。日本の調査隊がヒマラヤ山脈にある「ブータン」の奥地で、幻のチョウ、「ブータンシボリアゲハ」を80年ぶりに確認をして、カメラ映像に映すことが出来ました。
※この記事は2011年12月に掲載したものです。

   「ブータンシボリアゲハ」の黒い翅には、3つの尾があり、大きな赤い紋があります。まさに「秘蝶」にふさわしい風格です。その生息地は、紛争の絶えない国境近くの深いトラシャンツェ渓谷というのも、神秘的で伝説の「秘蝶」ですね。また、自然と村人の共生で、「秘蝶」が保存されており生態の大切さの話も印象的でした。 

   こうした深い谷の中だけの限られた行動範囲で、密かに生息している蝶もいれば、数千キロを旅するチョウ、渡り蝶アサギマダラもいます。今年も放蝶された場所から遠く離れた各地で、マークされたチョウが見つかり、各地の地方新聞の記事(函館市近郊から下関市の公園まで2カ月で、1200キロ)になっていました。

   渡り蝶は、山を越え、海を渡り、方向や自らの位置をどのようにして測っているのでしょうか。渡り鳥のナビゲーションシステムは、風景などの目印、におい、磁場などを頼りに、方位は、太陽、星、月の位置、地磁気等といわれていますが、蝶も同じシステムを持っているとは考えにくいと思いますが、いかがでしょうか。今後の解明を待ちたいと思います。

   今回、思うところがあって、休暇をとって、蝶の宝庫、フィリピンのセブ島に行って(渡って)きました。空港のあるマクタン島には、バタフライ・ファームがあり、蝶、幼虫の好む植物(右写真)が栽培され、それに集まるたくさんの種類の野生の蝶を見ることが出来ます。そこでは、トロピカル・フルーツの栽培もされているとのことです。テーマパークの1つと言えます。

   蝶の好む植物といえば、最近、JT生命誌研究館の尾崎克久研究員らは、ナミアゲハチョウ(Papilio xuthus)が産卵する葉を選ぶ仕組みを解明したとの発表がありました。(Nature Communications 2011 Nov 15;2:542.)幼虫の前脚には、葉を見分ける味覚受容体遺伝子があり、選別しているとのことです。私たちには同じような葉に見えますが、幼虫にとっておいしい餌を得る産卵場所には、非常に神経質を使っているようです。

   セブ島のリゾート地は、このマクタン島の東海岸側にあり、高級ホテルのプライベートビーチが並んでいます。今回、私は、そこへは、行かず(正確には行けず)、私は、今回の目的の1つ、セブ市の南にある「フマロン バタフライ サンチュアリー(Jumalon Butterfly Sanctuary)」と呼ばれる蝶の博物館とその美術館へ行ってきました。

   車でセブ市から20分程度で、主道路からわき道に入った突当りにありました。道路では多くの子供たちが遊んでおり、小さな看板があるだけで、「これが博物館?」ちょっと心配なところでした。入場料金は大人1人50ペソ(約100円)。

  
  フマロン教授(左写真)は、レピドプテラ(鱗翅目)収集家(lepidopterist)として、有名な方で、別荘風の建物の中に、教授が世界各国を旅行して収集したフィリピンで、最大の蝶コレクションがあります。2000年に亡くなり、現在、その息子さんが館長をしておられます。その館長に案内をして頂きました。まずは、庭に入ると野生の蝶が数種類、舞っており、私を歓迎してくれました。20−50種類の蝶が見られるとのことです。

   そして、その先にあるケージの中に入ると、そこには、多くの蝶が乱舞しており、スポンジに蜜をしみこませたエサ台には、ゴマアゲハが、とまっていました。(写真左下)ゴマアゲハは、日本でも、奄美諸島で見られるそうです。

 左:ゴマアゲハ(青、赤のスポンジに蜜やフェロモンを付けている)
 右:クロアゲハ?

   乱舞する蝶は、中々、写真に収めることが出来ず、やっと、カメラの前に来た瞬間を取った貴重な1枚が右上の写真です。クロアゲハの一種と思いますが、日本では、見かけない種のようです。

   このケージでタマゴを生ませ、別の箱に移し、幼虫(キャタピラー)、さなぎ(プパPupa)、そして、羽化と育てていると、熱心に教えて頂きました。博物館の中に入ると、部屋中が蝶の標本で埋め尽くされていました。コノハチョウ(Kallima inachus)やオオフクロウチョウ(Owl Butterfly)も並んでいました。大きな棚が並んでおり、その各段の引き出しには、ぎっしりとチョウコレクションがきれいに並んでいました。下左写真は、その1つ、パラワンアカエリトリバネアゲハ(Trogonoptera trojana)などを撮影させていただきました。右は、フィリピン最大の蝶コウトウキシタアゲハ(Troides magellanus)の標本です(上オス、下メス)。オスの下翅がアモルファスで、色が変わるとのことです。残念ながら、属種の記載が無く、また、空調も無い状態で、今後の保存が気になりました。この施設は、フマロン基金(おそらく故人の遺産と思われます)で維持、管理されているようですが、十分とは言えないようです。第20回「野外へ出よう!」で紹介した伊丹市昆虫館とは、雲泥の差です。

   また、フマロン教授は画家でもあり、別棟の美術館(ホール)にも案内していただきました。自然を愛した方らしく、鳥、蝶、昆虫などの絵があり、そして、絵と同じ画題を蝶の翅だけで製作したモザイク画も多くありました。故人の自然への情熱的な人生が偲ばれました。

    「昔は、多くの日本人が訪れてくれましたが、最近は、めっきり少なくなりました。」との館長の寂しげな言葉を耳に残しつつ、セブ市内に戻りました。

   コロナールトライアングル(Coral Triangle)と呼ばれるインドネシア、パプアニューギニア、フィリピン、マレーシアに跨る三角形の海域は、多様性生物の宝庫であり、珍しい生物を見ることが出来ます。1868年、アルフレッド・ラッセル・ウォレスが発見したウォレス線は、この線より西の生物相は生物地理区のうちの東洋区に属し、東はオーストラリア区に属するという生物の分布境界線で、多様性生物の生息を裏付けています。

  歴史的に見ても、19世紀、西洋の列強国が植民地化を競い合い、まさに、コロナール トライアングルで、列強国の草刈場となりました。インドネシアは、オランダ、フィリピンは、スペイン、パプアニューギニアは、オランダ、ドイツ、イギリスなどに、支配されました。当時の日本の戦争論理の1つ、それら支配からの植民地の解放という言葉は、今となっては空しいですが、当時当初は、受け入れられたことでしょう。

   セブ市にあるスペインのサンペドロ要塞。ラプラプという名の部族長は、マクタン島の戦いでマゼラン軍を破った上、マゼランを討ち取った国民的英雄である。その資料も展示されている。

  今回のフィリピンの旅で、よく目にしたのは「MABUHAY」という言葉です。タガログ語で、活き活きとしたという意味とのことです。ビバ!とか、元気ですか!ということですね。韓国、台湾、中国、ベトナムと周辺の東南アジアが目覚しく発展をしている中で、フィリピンは、出遅れている感があります。フィリピン人の心底からの「MABUHAY」の笑顔が出る日が来ることを待ちたいと思います。


参考図書

1.「カラーハンドブック地球博物館 No.1 蝶」白水 隆監修、松香宏隆著 PHP研究所
2.「未完のフィリピン革命と植民地化」早瀬 晋三著 山川出版社

***  お薦め書籍  ***

 フィリピン革命を食った人びと
   鈴木 健二著 2010.2  明石書店

 日清戦争直後のフィリピン革命に情熱を注いだ人たちの史実に基づいた歴史小説。フィリピン革命派は、スペインと戦い、その後、アメリカと戦い、日本からの援軍と武器に期待していました。しかし、・・・。当時の国際情勢を分析した犬養毅は、「フィリピンの置かれた境遇は、まことに気の毒の一語に尽きる。」と、フィリピン革命派を水面下で支援していました。日本に亡命中の孫文の清朝打倒の革命などと並行して「南洋」を舞台に繰広げられた人間ドラマ。
 今なお、欧米日中の列強国に翻弄されているアジア地域からの視点で、今一度、日本の今後の外交を考えることも必要に思います。世界で尊敬される日本になるために。

(昼休みのベンチ)
2011年12月掲載

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