コーヒーブレイク
「昼休みのベンチII」 第10回
『野外へ出よう!』(第10回) <2009年12月>
この9月末で閉幕した横浜開国開港150周年の博覧会に登場した巨大クモの人気は、今、一つだったようです。博覧会Y150のさまざまな会場をつなぎ 「横浜のゆめ」 をつむいでいくと同時に、 「Web = クモの巣」 型ネットワーク社会のシンボルとして「クモ」が、「横浜にとってふさわしい生命体」としたところに、大人の理屈が優先し、イベント参加のリーダーシップを握る女性や子供たちの理解(共感)が得られなかったのではないかと思います。残念ながら、クモで人気を保っているのは、「スパイダーマン」ぐらいですね。
童謡シリーズ第三弾、今回は「待ちぼうけ」です。♪そこへ兎が飛んで出て、ころり、ころげた 木のねっこ。♪(北原白秋 作詞・山田耕筰 作曲)といっても、待ちぼうけをするのは、畑作農民ではなく、今回は、クモの話しです。秋も深まると、クモが、あちこちで巣を作りますが、クモが、辛抱強く、自分の作った巣に獲物がかかるのを待っている辛抱強さには、感服します。どこに店を出せば、儲かるかのマーケティング調査をしっかりやって、獲物の通り道に網を仕掛けます。(そこで生活している訳ではないので、クモの巣nestではなく、網、編みwebです。)あとは、じっと、待ちぼうけ、掛かったら、一目散に糸を吐き、ぐるぐる巻きに、噛み付き、神経毒を出し、息の根を止める早業は、見事です。もっとも、この行動は、コガネグモ科とウズグモ科だけのようです。写真右のナガコガネグモの網の下のほうに白い多くの糸がありますが、これは、大型の獲物が掛かった場合に、大量の糸がいるので、あらかじめ用意されているとのことです。しかし、それでも、一般に、捕獲成功率40〜50%で、後は、網を外して逃げられてしまうそうです。大抵、2,3日に一度程度しか餌に有りつけないようです。摂食した食物を消化管中に長期間、蓄えたり、絶食期間中に代謝量を減少させるなどの工夫がされているようです。中村和雄 (農試畑作研究セ) ,植物防疫Vol.35 No.8 Page.347-350 (1981.08) 冷やかし客ばかりの店舗ビジネスの難しさが思い浮かびます。足掛け1年程度の寿命の大半を、「辛抱強く」虫が網に掛かるのを待つ人生と言えるでしょう。
でも、何もしないで、待ちぼうけしているのではなく、本人は、せっせと、網の修復や粘着力が落ちてきたヨコ糸を新しいヨコ糸に張りなおしているのです。タテ糸は、移動や構造を支える足場で、ヨコ糸に粘性を持たせている。ジョロウグモでは、毎夜、網の修復をするそうですし、トリノフンダマシ(そのままの名前)というクモのヨコ糸の粘着性は、10時間程度で消えてしまうとのことなので、その度に、ヨコ糸を張り直さなければなりません。
クモの糸は、「スピドロイン」というタンパク質から出来ており、そのアミノ酸組成は、季節で変化するそうです。吐き出されると分子構造が液性のα螺旋構造やランダムコイル構造から、βシート状構造に変わり、繊維状になります。強度はナイロンよりやや劣りますが、弾性では勝るようです。ヨコ糸には、ところどころに粘球がついており、表面をアミノ酸や硝酸カリ、リン酸二水素カリに覆われた糖蛋白質とのことです。水分の蒸発などで、粘性を落とさないように表面を薄い膜で覆っているのですね。ジョロウグモの牽引糸は200°C程度まで安定であり,紫外線照射により劣化するが、カイコの糸より劣化しにくく、また、若いクモの糸ほど劣化しにくいとのことです。大崎茂芳(神崎製紙)高分子Vol.36 No.6 Page.430 (1987.06)。 今なお、遺伝子組み換え技術で、クモの繊維の事業化を目指している研究チームが世界中にあります。
最近、都会では、コガネグモ(昼行性)やオニグモ(夜行性)が激減し、ジョロウグモ(昼行性)だけが生き残っているようです。ジョロウグモは、足と腹部が黄色と黒、青色の縞模様で、お尻の辺りが赤色をしている派手な出で立ちです。その模様から女郎蜘蛛とか上臈蜘蛛と、名づけられました。ジョロウグモの毒素ジョロウグモトキシンの種々の毒素の構造は2,4-ジヒドロキシフェニルアセチル-L-アスパラギニルカダベリンを基本骨格として側鎖が変化したものであり,ジョロウグモトキシンの生理活性は側鎖の長さ,置換基によって変化を示します。ジョロウグモトキシンの構造及び生理活性の多様性は種々の餌を捕獲するために進化したことを示唆しています。 吉岡正則 (摂南大 薬) 薬学雑誌 Vol.117 No.10/11 Page.700-714 (1997.11)
クモは、世界中で約4万種と言われています。したがって、いろんなクモがいます。先日の新聞で、草食クモ学名「バギーラ・キプリンギ」が中米で発見されたとのことです。日経2009.10.15朝刊 草食系男子のクモ版と言ったところです。
また、水中で暮らすミズグモも研究者にとって興味深いクモの一つです。空気呼吸するミズグモは、空気のドームや泡を体に付けて呼吸し、水中の餌(甲殻類の幼虫など)をとり、水中生活をする世界で唯一のクモです。ヨーロッパでは早くから知られ、ヨーロッパからシベリアにかけて、広くふつうに見られるクモです。この水中での空気の交換は見事です。ドームの中にミズグモが吐き出した炭酸ガスが溜まってくると、炭酸ガスは、水中に溶け出し、すると、代わりに、水は、自分の酸素をこのドームに放出します。こうして、何週間も陸に上がらなくて生活できるようになっています。原理的には人間にも可能なのでしょうが、一人に東京ドームぐらいの大きさが必要になることになるのでしょうか。水中で、このドームの浮力をどうして抑えて移動できるかが問題だ。???
クモと言えば、私にとってもう1つのクモ、穴居生活をしていた先住民の「土蜘蛛族」の話しも興味が尽きません。ユーラシア大陸(トルコ、イランの高原やモンゴル、満州、アムール川流域)には、今でも、穴居生活で暮らしている民族がいると聞きます。森林のない寒暖の差厳しい高原で暮らすには、表土の奥深い洞窟が、快適な居住空間であると推測できます。おそらく、日本の先住民も、その一族だったのではないでしょうか。その先住民は、記紀や風土記にも登場する大和朝廷の反体制勢力(土蜘蛛)であり、神楽、能や歌舞伎の演目にもなって登場します。昔、この里に土蜘蛛あり、名を海松橿姫(みるかしひめ)といひき。天皇、国巡りしましし時、陪従、大屋田子をやりて、誅(つみな)ひ滅ぼさしめたまひき。 時に、霞、四方をこめて物の色見えざりき。因りて霞の里といひき。 (『肥前国風土記』)
都の守、源頼光は病に伏し、侍女胡蝶が、典薬の守(医者)から薬をいただき頼光の館へ帰る途中、土蜘蛛の精魂に襲われます。そして胡蝶の化身は薬を毒薬に換えて頼光に差し出すのです。しかし、頼光は正体を見破り、源家に代々伝わる「膝丸」という家宝の刀で土蜘蛛に一太刀浴びせると、土蜘蛛の精魂は大和・葛城山へ逃げ帰りました。頼光は、我が身を救った膝丸を「蜘蛛切丸(くもきりまる)」と名を改め、四天王の一人・占部季武に授け、葛城の山へ土蜘蛛退治に向かわせます。四天王は、土蜘蛛の残した血痕を辿り着き、土蜘蛛の妖術に悩まされながらも、蜘蛛切丸のご神徳を得て、無事に退治します。
また、源頼光の大江山の酒呑童子征伐の話しも、源頼光に殺された酒呑童子は都の人々にとっては、妖怪であったが、酒呑童子にとってみれば、自分たちが昔からすんでいた土地を奪った武将や陰陽師たち、そして、帝こそが極悪人であった。 「鬼に横道はない」と酒呑童子の最後の叫びは、土着の神や先住民の哀しい声であったことでしょう。また、この話しは、猛威をふるう疫神を京の入り口で都の勇士が撃退する物語という解釈もあります。国産ワクチンの開発が急がれますが、この秋からの新型インフルエンザの猛威を、「蜘蛛切丸」という輸入ワクチンで、撃退してほしいものですね。
コガネグモとナガコガネグモの2写真は、みすま工房・高尾信行氏のご厚意により掲載しました。
参考図書
1. 「クモの巣と網の不思議」 池田博明他 著 文葉社
この出版社は、廃業し、この本は絶版となっています。こうした理系志向
の出版社が消えていくのは残念です。
2. 「ガラス蜘蛛」 モーリス・メーテルリンク 著 高尾歩訳 工作舎
*** お薦め書籍 ***
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「絶対音感」でヒット本を出した筆者の最新本。エジソンが果たして科学者と言えるのかどうか気になる表題ですが、内容は、体当たりの行動派科学者12人を紹介している。科学者は、冒険者であり、何かのきっかけで、自分の人生の使命に気づき、その生き方を大切にしている人たちとも言えます。文章の中で、各科学者に人生の一冊を挙げてもらっており、その中に、寺田寅彦の「線香の火」という随筆がありました。「線香の火を消さないように、研究を続けることが大切です」と、この言葉は、科研費が途切れたときの対応に、通じるところです。競争的資金つなぎで、自転車操業の研究の仕組みも新政権には、考えなおして頂きたいものです。科学者から「ビヨンド・エジソン」で、ジェネラル・エレクトリック社を設立するくらいの方が出てくること期待したいです。
(昼休みのベンチ)
2009年12月掲載
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