コーヒーブレイク
「昼休みのベンチII」 第9回
『野外へ出よう!』(第9回) <2009年10月>
7月21日、関西ではまだ、梅雨明け宣言が出ず、子供たちの夏休みが始まってしまった。そんな帰宅途中の田んぼ道を歩いていると、顔の横を赤とんぼが二匹連れだって、スイスイ飛んでいるのに気がつきました。まだ、梅雨も明けていないのに、もう秋って! この日は、雨雲が低く垂れ込め、少し、気温も下がっていました。それにしても、赤とんぼの出番はまだ早いぞ。赤とんぼの季語は、秋だよね。しかし、注意しているとその後、毎日、田んぼや庭先で見かけるようになりました。
今回は、童謡シリーズ第二弾、「赤とんぼ」です。♪夕焼け小焼けの赤とんぼ、負われて見たのは、いつの日か♪(三木露風 作詞 ・ 山田耕筰 作曲) 三木露風がこの作品を書いたのは、彼が、北海道のトラピスト修道院に講師として赴任(1920〜24)した時代に、幼年時代を過ごした兵庫県揖西郡龍野町(たつの市)で、5歳の時に両親が離婚し、祖父の元に引き取られ、姐(ねえ)や育てられた頃を思い出して、作詞したと言われています。この歌は、童謡人気ランキングでは、いつも、1位だそうで、日本人の郷愁を誘います。それは、そのはずです。日本は、昔、秋(あき)津島(つじま)(秋の虫)と呼ばれていたそうで、「日本書紀」の中に、雄略天皇が狩をしていたとき、その地を蜻蛉(あきづ)野(の)と名づけたとの記載があるそうです。 秋のイネの実りと赤とんぼの風景は、古代から日本の象徴的な構図だったようです。瑞穂の国とも呼びますが、いずれにしても、イネの文化ですね。ちなみに、諸外国では、トンボは、興味がないか、気味の悪い虫との印象のようです。
稲作とトンボと言えば、水田のイネの根をしっかり固定するために行う中干し(苗の成長期に一度灌水を止めて、土を乾かす)は水中のヤゴの生存個体数を減少させる大きな要因となっているようです。「水田におけるアカトンボの羽化と水稲栽培法 」矢島豊他 東北農業研究No.55 Page.53-54 (2002.12.27) いつも、自然(トンボ)と技術(稲作法)の兼ね合いは、問題になります。うまく、側溝に追いやる良い方法が待たれます。
9月の半ばに、清流四万十川(左上)をくだり、四万十川市(旧中村市)の とんぼ自然公園に行ってきました。四万十川ととんぼ生息地、多くの共通点がありそうです。ここには、トンボ74種が見つかっていて、種類密度日本一とのことです。赤とんぼは撮影できませんでしたが、子供の頃の憧れのトンボ、チョウトンボを見つけ、その優雅な舞に、大満足でした。(右下)その他、多くのイトトンボを見つけることが出来ました。
ところで、実は、赤とんぼというトンボは、いないのです。赤い色やオレンジ色をしたトンボの総称を言うようです。私が見たのは、おそらく、アキアカネ(トンボ科アカネ属アカトンボ属)か、ナツアカネ或いはウスバキトンボ(トンボ科ウスバキトンボ属)ではないかと思われます。まだ、羽化したばかりでは、どちらも、オレンジ色で、アキアカネは、特にオスは、次第に、赤くなっていくとのことです。赤とんぼの定義は、不明瞭で、狭義には、アキアカネやナツアカネなどのアカネ属で、赤色をしているトンボを言い、ウスバキトンボは、オレンジ色なので、赤とんぼに入らないとのことです。ただし、専門知識なしにアキアカネ、ナツアカネと他のアカネ属のトンボを区別するのはかなり難しいとのことです。アキアカネとナツアカネの区別は、胸の線の模様で区別するようですが、ナツアカネがやや小柄で、全体に赤く、目まで赤いのが、ナツアカネとのことです。また、アカネ属かウスバキトンボの区別は、胸の側の黒い線がある(アカネ属)か、無い(ウスバキトンボ)か、で見分けるようです。この上下の2枚の写真で分りますでしょうか。これで、久しぶりに、子供から尊敬のまなざしをもらえそうですね。
同じように、童謡「赤とんぼ」に出てくるトンボの種類は、何だったかということも、専門家(マニア仲間?)では、アキアカネかウスバキトンボかで、激しい?楽しい?論争が続いているようです。自分のふるさとで見た赤とんぼを思い浮かべて、自分の赤とんぼの種を決めるのが、いいと思います。
アキアカネの赤い体色はどうして? 昆虫は赤色を識別できないので、カマキリなどからの防衛色という説、オスが特に赤いことからメスの興味を引くため(昆虫は赤色を識別できなかったのではなかったですか、おかしいね)などの説がありますが、今、もっとも、説得力のあるのは、気温説のようです。石澤直也氏は、成熟して腹部が赤くなったアキアカネやナツアカネを冷蔵庫で飼育すると褐色に変化し、部屋に戻して日光に当てると赤色に戻るとのことです。また、メスはオスに比べて赤色が淡い色ですが、寒冷地では雌の赤い比率が高くなるとのことです。温度が下がると赤くなるのは、紅葉のようですね。
♪「夕焼 小焼の、赤とんぼ とまっているよ、竿(さお)の先」♪ と歌われるように、棒状の先などによくとまります。他の昆虫のように胴部に畳めない翅を持っているため、周りが翅の邪魔にならないように、また、外敵から狙われても、どちらの方向へも、すぐに、飛び立てるように、360度見渡せる大きな複眼が有効な場所としても、竿の先は、とんぼにとって、絶好の場所です。
トンボがホバリング(停止飛行)したり、前進してすぐ停止したり、垂直に移動したりする飛行軌跡のメカニズムは、現代の科学でもその原理が解明されていないそうです。瞬間移動は見事なものです、ただ、バックができないのが、弱点です。
しかし、弱点と考えないこともあります。トンボは勝ち虫とよばれ、前にしか進まず退かない(実際は、退けない)ところから、「不退転」(信念を持ち、何事にも屈しないこと)の精神を表すものとして、武士に好まれ、戦国時代には兜や鎧、刀の鍔(つば)などの武具、陣羽織や印籠の装飾に用いられたようです。そう言えば、旧海軍の航空練習機の名前も オレンジ色の機体でしたが「赤とんぼ」と呼ばれていました。この練習機には、「不退転」の意味もあったのですね。
トンボの飛行原理が解明されたら、今のヘリコプターより安全で便利な乗り物ができるかもしれません。その場合の飛行場は、高層ビルの先端が似合う? それはないか。
アキアカネとウスバキトンボの2写真は、みすま工房・高尾信行氏のご厚意により掲載しました。
参考図書
1. 「赤とんぼの謎」 新井 裕 著 どうぶつ社
2. 「トンボの不思議」 新井 裕 著 どうぶつ社
新井氏は、28年間勤めた県職員を早期退職し、「NPO法人むさしの里山研究会」を設立し40年以上もトンボを飽きることなく追いかけている貴重な方です。第二の人生が、本物と言いますが、分るような気がします。
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一流の科学者のエピソードに付きまとう偶然の幸運、セレンディピティを一般の若者に向けて、それは、誰にでも訪れること、と説く脳科学者の人生指南の本。セレンディピティは、行動することによって広がる。8勝7敗の人生がちょうどいいと、癒し系の内容で、やる気のない若者になんとか、元気になってもらい、日本の将来のために頑張ってもらいたいと思う教育者の面もうかがえる。若者が陥りやすい今日でなくても明日があるという思い「可能無限」が、行動を先延ばしにしていること、脳は、「全く予想できないことはないが、人生は何が起こるか分からない」という遇有性(ぐうゆうせい)を好むこと、「根拠のない自信を持つこと」などで、セレンディピティの機会を引き寄せる術を説く。
先の見えない混沌とした今の時代は、「イノベーション」、「創造性」へと展開を始めている。セレンディピティの冒険を楽しんでみたい。
(昼休みのベンチ)
2009年10月掲載
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