コーヒーブレイク

「昼休みのベンチII」 第3回

『野外へ出よう!』(第3回)  <2008年8月>

   初夏から真夏にかけては、昆虫たちが大活躍する季節ですね。4、5月に、花が咲き乱れ、柔らかい新芽が伸び、卵から孵った幼虫は、エサに事欠きません。たっぷり食事をしたあとは、蛹になり、6,7月に羽化して、一斉に羽ばたき、乱舞します。ところで、羽化は、大抵、日暮れ時にするらしいですね。カゲロウ(蜉蝣)は、その代表です。それは、鳥に食べられないように、日暮れ時を選ぶようです。生物時計で、遺伝子に組み込まれているのでしょうが、生き残り戦略の1つです。

   虫の生き残り戦略で、「虫のいろいろ」という話しを思い出しました。確か、中学校の教科書に載っていたと思うのですが、書いたのは、尾崎一雄で、私小説のジャンルを築いた昭和の作家です。
「・・・ある朝、その窓の二枚の硝子戸の間に、一匹の蜘蛛が閉じ込められているのを発見した。昨夜のうちに、私か誰かが戸を開けたのだろう。一枚の硝子にへばりついていた蜘蛛は、二枚の硝子板が重なることによって、幽閉されたのだ。・・・」約2ヶ月後に、家人がうっかり硝子戸を少し開けてしまい、瞬時に飛び出した。蜘蛛は、その一瞬が来るのを、2ヶ月間、緊張感を持続し、ダッシュの態勢で、根気強く待っていたことを作者は、新鮮な感覚で描いています。

   さて、今回、第三回も、今までの第一回ミノムシ, 第二回ヤママユの路線どおり?に、枝にぶら下がっている袋物です。オトシブミという昆虫の仕業です。枝にぶら下がっていることもありますが、道に落ちている場合もあります。平安時代の貴族が、直接手渡さずに恋文を巻いて、道に落とし、想う人に拾ってもらったという落とし文から来ています。拾った相手は、誰だろうと、その文章の中から書いた相手が誰かを読み解く訳ですから、これも、バックグランドの教養がないと応じられません。やっと、読み解いた時には、相手のことが気になって仕方がなくなっている。したたかな戦術です。昭和の漫才で、「お嬢さん、ハンカチを落としましたよ」と、声をかける戦術もありましたが、これは、ちょっと、品格が疑われます。

   このロマンあふれるオトシブミ、到底、私の前に落としてくれる方(昆虫)も居りませんので、近郊に拾いに出掛けることにしました。都会の公園でも、探しましたが、見つかりませんでした。果樹園にとっては、害虫になりますので、管理が不行き届きのクリ、クヌギ、ナラ、ハンノキなどの雑木林が良いとの情報を得て、私が住む街から山の方へ数キロ離れた山林に入り、整備された道から外れ、足元を気にしながら、クリの木を探して、歩きました。
見つけました! 右の写真をご覧ください。葉の先に筒状のものが見えます。右下の写真が、拡大したものです。実にしっかりと袋を作っています。

   森林インストラクターをしている友人からも、左の写真が届きました。比較的見つけやすいようです。お子さんと一緒に出掛けてみては、如何ですか。

   これを、専門用語で揺籃(ようらん)というそうです。まさに、この中に産み落とされた卵から幼虫が孵化し、周りの葉を食べて、成長するようにしたゆりかごです。母親からの愛情込めた贈り物です。

では、揺籃の作り方を説明します。
(参考 http://www.d1.dion.ne.jp/~k_izawa/otoshi.htm)
 まずは、メスは、気に入った葉を選びます。そして、主脈に沿って葉の基部の方に上がってきて、葉を横方向に切り始めます。ゴルファーが歩測で、パットの距離を測るように、揺籃の大きさのイメージが出来ているのでしょう。

   横方向の葉を切り終わると、今度は葉の裏に移動し、主脈に沿って細かい噛み傷を入れて、葉を巻き上げる際に内側となる方を柔らかくして、巻きやすくします。そして、「折り紙」のように、底部を折り込みながら、巻いて行きます。両端に蓋のない筒状でなく、しっかり、両端も織り込まれた筒状になっているところが見事です。葉を2-3周巻くと表面から穴をあけ,中心部分に卵をほとんどの場合1個産み込みます。2時間ほどの作業です。葉巻作業中にオスがやってきますが、オスは葉巻作業には何の協力もしません。同じ男として、オスを弁護したいのですが、なんとも言葉が出てこないですね。
 
   こうして苦労して作った揺籃は、いろんな役割を果たします。それは、食料の確保と幼虫の保護です。食料の確保では、腐朽菌類によって揺籃内部のセルロースが分解されたり,アミノ酸が作られたりして,幼虫にとって栄養源になります。揺籃を作る時に、メスは、葉の内面にかみ傷を付け、そこに糸状菌の胞子を接種しているらしいのです。<鈴木邦雄, 上原千春:New Entomol Vol.45 No.3-4 Page.53-68 >(1996.10)

  幼虫の保護では、鳥やクモ、トカゲ、アリなどの外敵のシェルターになっているだけでなく、幼虫は乾燥には弱く、葉を巻いておくと内部は、湿度が保てるというわけです。

   揺籃には、写真のようにつり下がった(懸垂型)と葉から切り落とされて地面に落ちている(切断型)があります。さて、どちらが安全で、生存に有利なのでしょうか。メスは、考えます。研究者も考えます。KOBAYASHI C, KATO M (Kyoto Univ., Kyoto, JPN):Popul. Ecol. Vol.46 No.2 Page.193-202 (2004.08) の次のような報告があります。
「(懸垂型)と(切断型)の2つの揺籃型間の実効性の違いを評価するため,4月-6月の活動期を通じての,密度,生存率および致死因子を監視した。2つの揺籃型の比率は時間と共に変化した;懸垂型は季節初期に優勢だったが,次第に切断型に置き換わった。2つの揺籃型の致死因子の違いに無関係に生存率は常に懸垂型より切断型で高かった。」

  そんなオトシブミの成虫は、どんな姿をしているのでしょうか。勤勉で働き者の顔をしていますね。

 さて、戦後、日本は、素晴らしい揺籃を築いてきました。今、その揺籃が、ゆらいで来ているように見えます。皆さんの周りには、勤勉で働き者の顔が沢山、見えますか。
次回も、どんな自然に出会うか楽しみにしてください。

<参考図書>
これらの本は、図書館では、児童書のところに置いてありましたが、大変、詳しい内容で、驚きでした。
1.オトシブミ観察事典  (自然の観察事典  10)  櫻井一彦著,藤丸篤夫写真  偕成社
2.ファーブル昆虫記〈5〉 オトシブミのゆりかご ファーブル (著) 奥本 大三郎 (著) 集英社

***  お薦め書籍  ***

 『生命の尊厳とはなにか
   アーサー・カプラン 久保儀明、楢崎靖人 訳 青土社

  映画の話で、恐縮ですが、「最高の人生の見つけ方」(THE BUCKET LIST)を見に行きました。大富豪エドワード(ジャック・ニコルスン)と黒人のカーター(モーガン・フリーマン)の名優二人が、僅かな余命を、今までできなかったことをすべて実行に移すストーリー。人生の価値、生命の尊厳を楽しく考える機会になりました。

  さて、本の推薦に戻ります。この本では、ヒト細胞の凍結保存と再生医療、人工妊娠中絶とメディア、大量薬剤投与と臓器移植の負の効果、臓器移植の順番待ちの課題、医療保険制度の危機(メディケード、メディケア)、遺伝子組み換え食品は、危険で、自然食品は安全か、特許と医療(外科治療は米国でも特許にならない)、など米国の最新バイオ技術と同じスピードのビジネスに、政治、法律、世論が追いつかない状況を著者自身の意見を入れて、解説しています。もちろん、日本も同じ問題を抱えています。バイオの科学者は、いや、現代人は、生命倫理の問題を避けては通ることはできません。一度は、これらの問題を自分で考え、自分の意見を整理しておくことを推奨します。何しろ、自分自身の問題でもありますから。

(昼休みのベンチ)
2008年8月掲載

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