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「再四 西海岸。の風に吹かれて」 第36回

第36回 分子「皹・皸」学  <2012年11月>

   みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西日本の西海岸地方に住む一地方大学教員です。

   前回のエッセイで、橘曙覧(たちばなの あけみ)の「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無(なか)りし花の 咲ける見るとき」を紹介しました。その後、福井市橘曙覧記念文学館の企画展にも出かけるなど、文学の秋を満喫しておりましたが、今回の、山中教授のノーベル賞(並びに文化勲章)受賞の朗報は、混迷した世相の中でも「近いうちに」と予想されていたこととはいえ、まさに「大輪の咲ける見るとき」で、清々しい思いでした。山中教授は、記者会見でも、日本や日の丸に言及していましたが、日本人として、この受賞は素直に喜びたいと思います。

   さて、今回のエッセイタイトルに使った「皹・皸」は、なんと読めばいいのでしょうか? 筆者も今日まで知らなかった漢字なのですが、「ひび、あかぎれ」と読んでください。辞書を繰ると、どちらの漢字でも、ひび、あかぎれの意味になるそうです。皮膚に、軍という漢字がはいっている訳はわかりません。前回は、朝顔の話題を書いていたのに、今回のエッセイを書きだした日は、あっという間に初冬の10月28日の日曜日でした。地元のこども相手のバーベキュー大会の手伝いに駆り出されていた(というか、それを口実にビールを飲むだけ)のですが、天候不良で順延となり(アメリカ東海岸で大型ハリケーン「サンディ」が大惨事を引き起こす直前でした)、手持ち無沙汰で手にした朝刊の俳壇に「五グラムの試供品とや皹ぐすり」という投稿俳句が載っており、ふりがながなくて、漢字が読めなくて悔しくて、配偶者に聞いてもわからず、何十年ぶりかに漢和辞典のお世話になって、「ひび」と読むのだとわかりました。選者解説によると作者は、開業医さんだそうです。てっきり皮膚科のお医者さんかと思いきや、ネット検索したら同姓同名の方が、耳鼻科を開業してました。句集を出されているのでご本人に間違いなく、しかも、誕生日がまさに10月28日だというのです。誕生日に採択されたのですから二重の喜びですね。「皹」でしっかりと冬の季語になるそうなので、何度目かの本エッセイの冬到来を「皹・皸」と二重表現した次第。

   皮膚科と耳鼻科の違いは、ともかく、早とちりといえば、ノーベル賞の栄誉に輝いた、「元」整形外科医の山中教授が、受賞の電話を受けた際に「洗濯機ががたがた言ってたので直していた」というだけで、田中文部科学大臣から、洗濯機を送ろうということになり、実は直していたのは、防振ゴムだったいうオチがありますが、同時に、海の向こうでiPS細胞の臨床研究スクープ記事で誤報騒ぎを起こした「特任研究員」のセンセイが医学部卒なので、医師かと思ったら看護師さんだったとか、このところ、日々に勘違いが目につくような気がします。
皸(あかぎれ)という狂言があるそうです。あかぎれを理由に主を背負って川を渡ることを拒んだ太郎冠者が、逆に背負われて川に振り落とされる。どんでん返しと言い換えてもいいのかもしれません。
※”あかがり”と読むようです。


  さて、山中教授のiPS細胞関連の話題は、「西海岸。」でも何度か取り上げて来ましたので、あらためて、見直してみました。

   第7回 分子「リセット」学では、「体育会系の先生」として、第11回 分子「Ronin」学では、「山中カクテル」を引き合いに出し、第15回 分子「散歩」学では、「基礎医学と臨床の狭間で悩む」共同研究者の著書など紹介したところです。

   また、第24回 分子「観戦」学では、「臨床研究」を新聞記事に取り上げることの困難さにも言及しましたし、つい最近は、第34回 分子「白紙」学で、「特任教員」の話題にも触れました。

  山中教授が、まさに、日本の研究土壌で日本人の共同研究者とともにブレークスルー、突破力をもった研究をされたことは確かで、また、もちろん、この時期になると、何人もの日本人がノーベル賞候補に挙がる訳ですが、一方で、日本の科学力、研究力の国際的な地位が低下している危惧をみな抱えていることも確かです。グローバル社会にあわせるためと秋入学を声高に提唱していた東京大学が、最近のニュースでは、春入学、秋授業開始と、一歩後退したかのような印象があります。制度改革は一筋縄ででいかないものですが、大学がもじもじ「冬ごもり」している間にも、企業はグローバル社会の中で生き残るために、外国での売り上げ比率を上げるためにと時間を金で買い外国企業を買収し傘下におさめる、工場はアジアに動かす、企業のトップですら外国人をヘッドハンティングするなど、いわばなりふり構わずと言われようとも果敢に行動しています。日本の大学では、たとえば、小規模であっても外国の大学を傘下におさめたり、一部の学部だけでも外国に設置したり、講義も教授会も全部英語で行う、学長は外国人をヘッドハンティングしてくるなどの英断に踏み切った大学はあまり多くは聞きません。このエッセイも、しばし筆を止めて寝かせている間に、またしても、田中文部科学大臣が大学認可の問題で一石を投じましたが、方針が簡単に皹から皸にひっくりかえり既視感満載の狂言見物の感がありました。

   最近、何人かの大企業の社長さんの講演を立て続けに聞く機会がありました。日本でもトップクラスの製薬会社のT社長の講演は、英語でした。会場にいる聴講者は、私のみるところ、90%以上は日本人で同時通訳も用意されていたのですから、あえて英語でやらなくてもよかったのでしょうが、参加者には、この企業は「近いうちに」、外資企業との提携なり交渉を本気で考えているというメッセージを伝えるには大きな効果があったと思います。日本人にわかりやすい、高校の英語の授業を思い出すような実にきれいな正統的な発音で、ネーティブのアメリカ人のべらんめー調の英語は自己採点でよくても60−70%くらいしか理解できない私でも、ほぼ100%近く理解できたのですから、これからは、日本人はもっと、日本人らしい英語で堂々と情報発信すればよいというよいお手本になった気がします。山中教授の英語は関西弁だという新聞記事がありましたが、いくら、日本が解散総選挙で騒然としていようと、現地時間12月7日午後のノーベル賞受賞講演が世界に流れるのが楽しみです。みなさんも、どうかお元気で。

(西海岸。)
2012年11月掲載

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