コーヒーブレイク
「再三 西海岸。の風に吹かれて」 第28回
第28回 分子「説伝」学 <2011年7月>
みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西日本の西海岸地方に住む一地方大学教員です。日本中で「節電」大合唱?の夏になりましたが、私の使っているワープロソフトは時々インターネットを介して勝手に?バージョンアップするたびに、変換がおかしくなり、セツデンと打ち込んだら「説伝」と出てきました。「伝説」の裏返しの意味なんでしょうか? そこで、今回もいつものようにこじつけで、分子「説伝」学とします。
クールビズだとか、エアコンを28℃にとか言われていますが、10数年前に仕事で2年ほど滞在したドイツでは、職場にも自宅アパートにもエアコンはありませんでした。車は、エアコン付き(ドイツ車は燃費のよいマニュアルシフトばっかりだったのでオートマのアメ車)を選びましたが、同僚の車にはエアコンもなかったです。緯度が高く比較的気温が低いゆえですが、最初の夏は体が慣れず、夏バテで現地の医者にかかったら、脱水症状を起こしているだけだから、処方箋は、毎日2リットルの水を飲むことだけと言われました。日本なら点滴の一つもするところでしょう。せめて、ドイツでは医療保険適用になっている温泉療養の処方箋でも書いてほしかった。
そんなことを思い出しながら、先日、以前勤務していた組織の同窓会に参加して、高原にあるスキーリゾートのホテルに宿泊しました。夏場ですから雪はもちろんなく、ニッコウキスゲが咲き誇り、露天風呂があり、久しぶりにゆっくりと温泉気分を楽しみましたが、脱衣所に掲げてある温泉成分分析表を見たら、ストロンチウムイオン濃度が18 mg/kgという分析結果が出ていました。日本中が、放射能汚染に敏感になっている時期が時期だけに、一瞬ぎょっとしせっかくかいた心地よい汗も引きましたというのは冗談ですが、もちろん、非放射性のストロンチウムですね。帰ってから調べてみたら、温泉法というのがあって、温泉の定義上は、泉温25℃以上で、19種類の色々な成分のうち、どれか1種でも規定の濃度であればよく、たとえばストロンチウムなら10mg/kg以上ならよいようですので、しっかりと合格です。東北のある鉱泉ではその名もずばり、「ストロンチウム泉」というのもあるようで、ストロンチウム濃度90mg/kgですが、特にそれを日本一の売りにしているようでもないようです。
ところで、この原稿執筆中の今日は、6月28日で、1948年に福井県で震度7クラスの大震災があった日です。「西海岸。」の祖父は、その時、倒壊した自宅の下敷きで亡くなりましたが、私の生まれる前のことで、父から聞かされているだけです。したがって、今回の東日本大震災は、父にとっても、それなりの思いがあるようですが、私自身は、神戸の大震災の際、遠く離れた自宅で震度4を経験しただけで、地震の本当の怖さを体験していません。そんな中、久しぶりの東京への出張の車中で、広瀬隆の「原子炉時限爆弾」(ダイヤモンド社)という本を読みました。前回の分子「想停」学で紹介した人の最近の著作ですが、一昨日6月26日に氏の講演会会場で買ったものです。副題は、「大震災におびえる日本列島」で、初版は昨年の8月の発行です。日本中の原発の中でも「浜岡原発」が一番地震に襲われる危険が高く、今すぐにでも止めるべきだと訴えています。この本を管総理が読んでいたかどうかは不明ですが、結果的には、今回の福島原発の災害を経て、今年の5月に政府の要請で浜岡原発が停止されたことは皆さんもご存知のとおりです。
福島原発は、津波で電源が失われたことが悲惨な結果の引き金になったことになっており、他の原発も急遽追加の津波対策、外部電源対策を打ち出していますが、広瀬氏は、この地震列島日本で原子力発電を運転すること自体の不合理と全原発の停止を、日本列島の成り立ちと「地震学」の示すところを踏まえて強く訴えています。講演会は3時間の熱演でしたが、スライドをはしょって飛ばされていた内容も、この本で、今回、読んでみて、私の知らなかった「事実」が多く書かれており、先を鋭く見通す力に驚かされました。特に福島県の子どもたちと保護者に不安を与えている放射能汚染についても、以下のような文章で暗示しています。
***幼稚園の庭に大きな時限爆弾が仕掛けられていることを知ってしまった人間が、園児たちがはしゃぎ回る姿を見ながら、黙ってその場を立ち去ることは、おそらく誰にとってもできないはずだ。***
彼の「説」き「伝」えようとする姿を、私も、この場を借りてささやかでも伝えられたらと思い、紹介する次第です。
さて、結果として起こってしまった現在の環境放射線レベルの評価について、年間積算被ばく量1ミリシーベルト、20ミリシーベルト、100ミリシーベルトというような数値で、政府、文部科学省、学者、マスメディア、地方自治体、学校、こどもと保護者を含む一般市民それぞれの立場入り乱れて様々な議論をしています。たとえば、安心安全を呼び掛ける側の典型的な発言は、「100ミリシーベルト浴びて0.5%ほど発がん率の上昇が見られるが、100ミリ以下の健康影響に関する報告がないので、なおさら20ミリ程度は心配ない。」というものです。一方、危険を訴える側からは、「放射線量に比例した健康への影響があるので、一定量以下が安全というしきい値はない。」というものです。中には、微量放射線は免疫力を高めて、むしろ体に良い。という人までいます。私の勤務する大学にも、こういう「体に良い」立場で講演に来た人がいたので聞きに行こうと思いましたが、出張と重なり聞けませんでした。ただし、その人の過去の経歴を調べたら、電力会社系の研究所出身だったので、その点は十分に割り引いておく必要があるかもしれません。
私には、安全側に立つ人は、健康被害の「確たる」証拠が得られるまでは「推定無罪」で行きましょうと言ってるように聞こえます。一方、危険を訴える人は、実際にがんになったり、健康が損なわれてからでは、取り返しがつかないのですよ、と切々と訴えています。この議論の中で注意しなければいけないのは、「安全」を訴える人は、1.放射線の慢性的な影響として、「発がん」がある。2.低レベル放射線での「がん」の発生率の上昇は確認できない。3.したがって、「健康」への心配はない。という三段論法です。一段目と二段目では「がん」に着目しているのに、いつのまにか、「健康」全般の安全宣言になってしまっている危険はないでしょうか? 放射線の影響でもっとも怖いのはもちろん、がんですが、影響を受ける側としては、「健康」に暮らしたいと思っていることは当然ですし、すでに全国民が、多かれ少なかれ不安な気持ちを抱いていることは確かで、精神的な影響を受けてしまっていることは、否定できないでしょう。ともあれ、皆さん、どうか、お元気で、次回、また会いましょう。
(西海岸。)
2011年7月掲載
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