コーヒーブレイク
「西海岸。の昭和!実験奮闘記」(続西海岸。の風に吹かれて) 第11回
第11回 分子「Ronin」学 <2008年10月>
みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西海岸在住の某大学教員の仮の名前。といっても、アメリカではなく日本の西海岸ですが・・・。 今年の夏は(も)相変わらず猛暑でしたが、お盆を挟み、北京オリンピックにあわせて自宅休暇(家を空けないのでVacationの語源のVacantに合わないのでStaycationですね)をとりTV観戦三昧でした。金メダルの悲願を達成した女子ソフトボールチームや求職中をしっかりアピールしたフェンシングの新星太田選手など、熱意とハングリー精神を結果につなげた選手達の大活躍の一方、五つ星ホテルに滞在してメダルを取れなかった男子野球チームへの批判など、スポーツの世界の現状を、つい、研究費の多寡や環境と成果が相関しないサイエンスの状況と重ね合わせてみてしまったのは、研究者のサガというものでしょうか。
さて、今回は分子「Ronin」学です。ローマ字交じりのタイトルは、この連載で初めてですが、暑い盛りに、ある大学キャンパスを訪ねた際、ふと時間待ちを口実に涼みに立ち寄った医学図書館で手にしたCell誌 のバックナンバー(2008年6月27日号)の拾い読みで目に飛び込んだのは、妙に既視感と違和感ないまぜの単語で始まるタイトル”Ronin Is Essential for Embryogenesis and the Pluripotency of Mouse Embryonic Stem Cells” という論文(Dejosez,M. et al Cell 133, 1162-1174 (2008))でした。著者によれば、この”Ronin”という遺伝子は、いわゆる山中カクテルと呼ばれるOct4, Sox2, Nanogのような既知の「多能性の(主)なる制御因子=”master” regulators of pluripotency」との関係が見出されないことからまさに「A masterless Japanese Samurai(主家を離れた侍)=Ronin(浪人)」という意味で、命名したそうです。なかなか洒落ていますね。
「西海岸。」シリーズ第二回の昨年3月号では、JUNというがん遺伝子が日本語の17(JU-Nana)に由来することを紹介しましたが、その筆頭著者は日本人でしたから意外感はありませんでした。ところが、今回紹介のRonin論文の著者はテキサス州ヒューストンのベイラー医科大学(以下BCM大学)のZwaka博士(Ulm大学出身という経歴からするとドイツ人と思えます)率いるグループで、日本人は含まれていません。Ronin命名は誰のアイディアだったのでしょうか? 研究室の日本人ポスドクの示唆か、あるいは、筆者の誰かがロバート・デ・ニーロ主演の10年前の映画「RONIN」 のファンでもあったのか、興味ありますね。まるで、iPodを意識して命名されたとも言われる、iPS細胞の向こうを行くような話で、誰しも異文化言語には妙に引かれるということでしょうか。ちなみに、やはりオリンピックで金メダルを取った石井選手が戦ったのは、日本古来の柔道ではなく国際化してしまった横文字のJUDOだったそうですから、Roninのクローニングも、まさにIppon取られた訳です。
それは、ともかく、この論文、内容もさることながら、この文字通り筆(刀)さばきも「斬」新な命名が話題を呼んだのか、1週間後の7月3日にはNature Reports Stem Cells(オンライン版)
でThe latest pluripotency factor is a lone warriorとレビューされ、また8月号のNature Reviews Molecular Cell Biology 9,587 (August 2008) のResearch Highlightでは、Stem cells: A samurai without a masterというタイトルで、日本刀ならぬ青竜刀もどきの幅広な刀を持ち、鼻緒の位置のずれた下駄をはいたサムライ?が、まるで三丁目の夕日のような夕焼けに染まる高層ビル街と思われる背景に立つ珍妙なイラストつきで紹介されています。また、フィンランド人ながら名前からしてZenMaster(禅主人)と日本びいきと見られるブロガー も見逃さずに、BCM大学のプレスリリース をそっくり引用していましたね。このリリース文ですが、惜しむらくは、LとRの区別できない日本人を皮肉って、ローニンのクローニング、我が校が勝ち名乗りとでも洒落ていれば、日本のメディアも報道したでしょうに。みなさんのところのJournal Clubあるいは論文抄録会などでは、話題に上がりましたか? Cellの原著を読むだけでは分かりませんが、リリースによればZwaka博士の所属部門は、Stem Cells and Regenerative Medicine(STaR)Centerですから、BCM大学としても期待の新星なのでしょう。
そうこうするうちに、スポーツ界の新星が続々と誕生していますね。8月末には、19歳にして、北海道マラソンが初マラソンの新谷選手の初優勝、18歳の錦織選手はテニス全米オープンで71年ぶりという快挙。サイエンスの分野にも若手の台頭を期待します。私の知り合いにも大学入学から外国を目指す高校生が増えている例を見聞きするようになっていますし、国内でも、大学、大学院入学、博士号授与に飛び級の制度を大幅に導入して、熱意と能力のある若き研究者の活躍の舞台を用意すべきなのでしょう。最近、2002年度のノーベル生理学医学賞受賞のシドニー・ブレナー博士の自伝「エレガンスに魅せられて」(琉球新報社)を読んだのですが、彼は3学年飛び級して、14歳で大学入学したそうです。医師不足対策で医学部の入学総定員を大幅に増やすようですが、これで大学浪人も減らし、副次効果で次代を担う研究者増加につながるでしょうか? あるいはRoninからの連想効果で唐突な提案ですが、大学教員に、欧米大学のようなSabbatical Leave制度を国内でも制度的に導入して、数年に一度は、国外で浪人生活を経験させ、その間の代替人員は、ポスドクという名の浪人研究者の活躍の場を提供するというのはどうでしょう。
今回は(も)、実験の話題というよりは、昭和をはるか遡り、浪人の暮らす江戸奮闘記でした。時代を遡るのも仕方がない。Zwaka博士の顔写真をぜひ、眺めてみてください。なんとなく、Back to the Future主演のマイケルJフォックスに似ている気がしませんか?
ところで、本稿は、筆者の不手際で掲載が一ヶ月延びてしまいました。その間、「遡る」つながりで、本サイトの別シリーズT.K.さんによる「源流を遡る」のバックナンバーをゆっくり読ませてもらいました。第一回にアンバー変異、オーカー変異、オパール変異の名前の由来の話題がありましたね。アンバー(琥珀色)変異の名前は、最初に見つけた大学院生バーンスタインの英語名からという話でした。他の命名については、先ほど触れたシドニー・ブレナー自伝の中に(邦訳の129ページ)以下のような記述がありました。「我々が別のナンセンス変異を発見した時は、オーカー(黄土色)変異体と命名した。3番目の変異を見つけるのに非常に長い期間がかかり、最終的に見つけた時には、3番目の変異をオパールと既に呼んでいたグループがあったので、そのままになった。」その別のグループとやらが誰かは、またT.K.さんにおまかせですが、オパールは10月の誕生石ですから、そのあたりにヒントがあるのかもしれませんね。秋風に吹かれ始めた(西海岸。)でした。
(西海岸。)
2008年10月掲載
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