コーヒーブレイク

「アメリカ東海岸留学日記」 第29回


 

> 2012年 1月 25日 「アメリカのファンディング至上主義」

   今年の日本の冬はいかがでしょうか?こちらアメリカ東海岸は1月後半まで記録的に暖かく、ほとんど雪の降らない日々が続きました。雪さえ無ければ雨の多さや湿度の具合は東京の冬と似ていて、日本に住んでいた頃を思い出してしまいます。

   さて、前回にも何度か取り上げましたが、ここ数年アメリカも大変な不景気に襲われています。研究の世界ももれなくそのあおりを受け、研究費のカットが続いています。大きなラボでもこれまで取れていたファンディングが急にとれなくなり、慌てて人員削減に走るところも数多く見かけられます。アメリカの研究系大学・機関のラボでは、教授自身の給料も研究費などの外部資金から捻出されることが多く、研究費が採れなければラボ自体が閉鎖しかねません。そのためこのような不景気の中では、研究費を採れることが研究者として最も重要な能力と捉えられることが多いのが現状です。研究内容を世間に上手く説明し研究費を勝ち取る能力はもちろん大切な能力の一つです。しかし、年中にわたって複数のグラントを書き続け、しばしばグラントを取るために研究を行わなければならないことも多いこの現状に、疑問を感じることがあります。
 

   昨年、約70%のバイオメディカルな研究は再現性が取れない、という調査結果が発表され、アメリカの新聞一面でも掲載されました。この結果は世間に対する研究者の信用を失墜させ、大変残念な結果です。しかし、アメリカのトップレベルのメディカル・スクールの研究環境を見れば、納得の行く結果と言えるかもしれません。多くのアメリカのメディカル・スクールでは講義をしなくて良い変わりに、PI自身の給料を含め、全ての支出を自分の研究費から捻出しなければなりません。

   さらに、多くのスクールでは、大学のスペース・施設利用料の支払いもPI個人のグラントから要求されます。○○大学の教授、と言ってもタイトルと権利を保障されるのであって、大学から資金的なサポートが行われるわけではありません。また国全体でも問題になっていますが、訴訟の国アメリカでは保険代は年々うなぎ昇りで留まるところを知りません。そのため一人の研究員を雇うのに、PIは年間で給料の他に100〜200万円の保険代を自分のグラントから支給しなければなりません。つまり、お金がいくらあっても足りない状況です。
 

   このような経済状況の中で、PIはひたすらグラントを書き続けるわけですが、そのグラントを取るためには研究結果を限られた期間内で出して行く必要があります。バイオメディカルな分野はアメリカに限らず世界中どこでも競争は激しいものです。しかしアメリカでは、さらに経済的な理由からも結果を急ぐ研究が求められる状況にあります。このような研究環境の中では、何度も実験を繰り返す時間を取ることも難しくなります。ラボによっては、ろくに再現性がとれなくとも、一度の素晴らしい結果を頼って研究結果を解釈し、発表してしまうところもあるようです。そのようなラボは世界を探せばどこにでもあるかもしれません。ただ、あくまで相対的な印象にすぎないのですが、その比率がアメリカのバイオメディカルな分野では他の分野と比べて高い印象を受けます。もちろん全てのラボがそういうわけではありません。最高のデータ・クオリティを目指して納得が行くまで実験を繰り返してから発表するラボもあります。また大きなラボでは、PIが詳細を全て把握しているわけではないので、むしろ個々の研究者によってもデータのクオティリティは変わってくるとも言えるかもしれません。
 

   上記の70%以上の研究結果の再現性がとれない、という記事が出た際、私の周りでもバイオメディカルな分野で働く人々からは大きな驚きはありませんでした。むしろ「やっぱり…」と言う人もいたくらいです。大変残念なことですが、これ以上、研究者の信頼が失墜しないようにすることが重要です。各一流ジャーナルでは、投稿されてくる論文の不正データを見破るために、様々な手法を駆使しているようです。これも、研究結果のクオリティを保つためには役立つかもしれません。しかし根本的な原因は、研究者に不正や低品質のデータを発表させてしまう過酷な研究環境にあるように思います。少なくとも最初の時点では、多くの研究者は純粋に興味があるから研究を行うのであって、金儲けや地位・名声を目指していたわけではないと思います。ですから本来、研究データの品質管理は研究者個人個人のプライドによって支えられるべきものです。しかし現在のような状況がさらに進めば、外部からのチェックが欠かせなくなってしまうかもしれません。将来、そのような日が来ないことを切に祈りますが…。
 

  日本の研究環境もアメリカのようになって来ているときいています。ある程度の競争の存在は、切磋琢磨する研究者達をむしろ励まし大変重要です。しかし、現在のアメリカの研究者達は、あまりにも結果を急ぎ過ぎる研究環境、グラント至上主義の研究社会、そしてお金至上主義の一般社会の中で、常に大きく翻弄されているように見えます。このような環境ではゆっくり観察する時間も、考える時間も中々ありません。世紀の大発見も見逃されてしまうかもしれません。日本でこれまで多くの素晴らしい基礎研究がなされてきたことを思うと、日本の安定したシステムも悪くないのかもしれません。日本がアメリカのようになってしまう前に、ぜひもう一度見直してみて欲しいと思います 。

(写真は近所に舞い降りたターキーの群れと初雪後の近隣の山の様子)
 

(コンドン)
2012年2月掲載

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