コーヒーブレイク

「アメリカ東海岸留学日記」 第28回


 

> 2011年 11月 21日  「Occupy Wall Street

   2008年のリーマン・ショックから始まり、ギリシャの財政破綻、イタリアやスペインの経済危機と、ドミノ倒しに世界的な経済混乱が広まっています。アメリカでも空前の不景気が続きます。そんな中、今年の秋にはニューヨークで、怒った国民による抗議デモ(Occupy Wall Street、OWS)が始まりました。ニューヨークのウォール・ストリートは、世界経済を牛耳る大手の投資銀行・証券会社の本部が軒を連ねるビジネス区域です。倒産したリーマン・ブラザーズのあった場所でもあります。抗議デモの主な理由は、現在の不況、雇用難、及び経済格差はウォール・ストリートの強欲と腐敗そして企業・政府への過干渉によるものだ、ということです。
 

   この地区で働く人々は通常ホワイト・カラーで、アイビー・リーグ卒などのお金持ちで高学歴の人々で占められます。これらの人々は、アメリカ全人口でも1%に過ぎず、職務において扱うお金の金額が数億円以上、彼ら自身の年収が数千万円〜一億円以上にも上ります。日本では嘘のような年収に思うでしょうが、私の知り合いの女性でも、20代半ばにして日本円で7000万円ほどの年収を稼ぎ出す人がいました。また職務の内容も、世界経済と密接に関係する内容のため、政治への影響力も大きく、トップクラスの地位と名声を約束されています。このような異常とも言える雇用条件により、国内でたった1%の人々が世界を動かすほどの地位と名声と給料を独占しているわけです。そのためウォール・ストリートの中では、「私たちは選ばれた人間」という間違った意識を持つ人が多いのが現状です。しかし、現在のシステムではそれも当然の結果かもしれません。
 

   2009年以降、アメリカでは多くの中流階級の人々が職を失い、住宅ローンの支払いは滞る一方、不動産価格の暴落により家を売っても元値の半額から1/3程度の価格にしかならず、 結果的に抵当差し押さえ(foreclosure)となる人々が続出しました。 不動産価格の暴落は、60歳以上のシニアの人々にも大きな打撃となりました。年金制度がしっかりしていないアメリカでは、シニアの人々の多くはリタイア後に現在の大きな家から小さな家に移り住むことで、その売却差額で老後の生活費を賄う予定でした。しかしそれもできなくなり、リタイアを延期して働き続ける人々が続出しています。研究者の世界でも研究費が大幅カットとなり、教授陣の給料が削減、ポスドクは解雇、酷い場所ではラボ自体が閉鎖、という緊急事態が続いています。職があるだけでも良いと思わなければならないのが現状です。
 

   このような経済不安の中で、さらにこのような経済的混乱を招いた元凶であるウォール・ストリートが、責任を取らずに依然として高い地位と破格の給料を得ています。国民が怒るのも無理はありません。今や彼らは「fat cat」と呼ばれ、連日のデモに曝されています。興味深い事に、アメリカ内外の多くの政治家がこのデモを支持し、ウォール・ストリートの仕組みの改変に賛同していることです。今やデモ隊はセントラル・パークに住み着き始めています。先日、これを見かねたニューヨーク市長が立ち退きを命じましたが、デモ隊は反対に抗議し裁判となりました。結果、公共の場に住み着くことは禁止されたものの、テントなどの持ち込みがなければ居座ることを許可することになりました。これからも、まだまだデモは続くことになりそうです。

   私の勤める大学はニューヨークからそう遠くないこともあり、私の周りの研究者にもこの抗議活動に参加する人々が見られます。アメリカでも研究職は安月給に重労働が付きものです。その上に不景気により研究費を減らされ、自分の部下であるポスドクや研究員を解雇するハメになったり、研究がままならない、とあっては怒り心頭なのでしょう。アメリカの教授職は、ウォール・ストリートの人々と同じように高い教育を受け、同じように地位と名声のある職業です。しかしその給与も雇用条件も、清貧といって差し支えない範囲です。例えば、飛行機の移動はいつまでたっても‘エコノミー’で、これはたとえ私立のアイビー・リーグの大学教授でも同様です。万国共通かもしれませんが、多くの研究者は給料よりも研究を第一に考え、研究費の無駄遣いを嫌います。しかし不思議なことに雇用条件は決して良くなくとも、仕事への満足度が最も高い職業の一つが研究職でもあります。
 

   また、興味深いことにアメリカ大統領の年収も3000万円程度であり、ウォール・ストリートの人々と比べれば酷い給料と言わざるを得ません。地位や名声の高い職務ほど、本来は高い志に寄って支えられるべきもので、お金によって支えられるべきものでは無いのかもしれません。ウォール・ストリートの人々も、滑稽とも言えるほどの収入と既得権益にしがみつかなくとも、世界経済を舵取りしているという使命感と責任感をもって清貧を心掛けて欲しいものです 。新聞には、アメリカの「fat cat」の記事の横で、マレーシア経済を大きく発展させたバンカーを讃える市民の記事がおどります。コラムでは、途上国で国民から最も尊敬される職業の一つがバンカーであり、彼らの清貧さと勤勉、高い志をアメリカのバンカーも見習って欲しいものだと書いてあります。

   アメリカに限らず、金融業界に勤める人々は高額の給与をもらうのが一般的です。それだけ重要な仕事であり、ストレスの多い職業なのだとは思います。しかし先進国では、従来の高い志を持ったバンカーよりも、マネー・ゲームと既得権益を楽しむ人々に支配されているのかもしれません。抗議デモは、次の段階に入りつつあります。アメリカ政府は金融業界のシステムの見直しを根本から迫られつつあります。来年には大統領選挙を控えており、今後、オバマ大統領の対応が注目されます。
 

(コンドン)
2011年12月掲載

Indexに戻る

製品検索

人気キーワード


コンテンツ

  • 実験実施例
  • 実験サポート
  • 製品選択ガイド
  • 製品一覧
  • TOYOBO LIFE SCIENCE UPLOAD 情報誌
  • コーヒーブレイク
  • お問い合わせ・資料請求
  • TOYOBO バイオニュース メールマガジン登録
  • CELL APPLICATION, INC.
  • 東洋紡バイオ事業統括部 公式Twitterはこちら
  • PCRは東洋紡