「源流を遡る」 第7回

第7回 夢の?アガロースゲル電気泳動法  <2007年12月>

   先日職場で”一昔前のDNA解析法”が話題になり、「制限酵素が発見された頃にはアガロースゲル電気泳動法もなく、超遠心法などを用いて解析していたので大変だったらしい」という上司の一言が印象に残りました。弊社では70年代後半〜80年代にかけて国産の制限酵素を開発すべく研究を進めていました(当時、上司は制限酵素を開発する研究員の一人でした)。私も、上司が研究者だった1980年代の前半にはマイクロピペッターさえ無かったことを先輩方から聞いて知っていましたが、今回の話から、それより昔の研究者がどうやってDNAを研究していたのか、とても興味が湧きました。

   翌日、私があまり信用していないと思ったのか、当時勉強に使っていたという「人工生命(J.チャーファス著[1984年])」という本を上司が貸してくれました。大変古い本ですが、現代の技術になれた私にとっては却って新鮮でした(学生の皆さんにも一読をお勧めします。おそらく図書館にあるのではないかと思います)。その本には、アガロースゲル電気泳動法のことが開発のエピソードも含め5ページ分も説明されています。その項の見出しは、なんと「事態は進みやすくなった」です。ともかく、アガロースゲル電気泳動法の登場はセンセーショナルな出来事として1970年代の研究者達に迎えられたようです。

   この本によると、アガロースゲル電気泳動法が一気に広まるきっかけとなった論文はSharp等の以下の論文だそうです(実際は、この論文より以前にもアガロースゲル電気泳動法の論文は存在します)。

  P. A. Sharp, B. Sugden and J. Sambrook (1973) Detection of Two Restriction
  Endonuclease Activities in Haemophilus parainfluenzae Using Analytical
  Agarose-Ethidium Bromide Electrophoresis.
  Biochemistry.,12: 3055-3063 

   ちなみに、この論文の5年前である1968年にI型制限酵素を見出したMeselsonとYuanは、32Pで標識されたλファージDNAを基質として用い、密度勾配遠心法を利用してDNAの切断の有無を解析していたようですが、それは大変な作業だったようです。<セシウム密度勾配遠心法を用いてプラスミドを精製した経験のある方にはその大変さがわかりますよね!>

   この論文は、Haemophilus parainfluenzaeの破砕液に存在する2種類の活性フラクションを調べたという内容です。具体的には、細胞破砕液をクロマトグラフィーによって分画し、SV40のDNAを基質として切断を行った後、アガロースゲル電気泳動法を用いてそのパターンを比較しています。ここで分離された制限酵素は今でいうところのHpaIとHpaIIです。

   論文の題名にもありますが、この論文の進歩性は『エチジウムブロマイド(いわゆるエチブロ)を用いるDNA検出法』と『アガロースゲル電気泳動法』を融合させたところにあります。今ではエチブロなどの蛍光インターカレーターをDNA検出に用いるのは当たり前ですが、この論文が出るまではあまり知られていなかったようです。その本には、Sharpは卒後研究のため1年間をカリフォルニア工科大学で過ごし、その時に『エチブロがDNAに結合すると蛍光を発する』ことを見出したというエピソードも書かれています(「人工生命」より)。

   この論文には、今の論文には決して書かれることのないアガロースゲルの作製法に関しても事細かに書かれています。ちなみにこの頃はまだディスク電気泳動装置しかなかったようで、溶解したアガロースゲルをガラス管に流し込むプロトコールになっています。若い研究者の方々はスラブ式(平板式)の電気泳動装置しか知らないと思いますが、中堅以上の研究者の方にはおなじみですね。泳動で使用されているバッファーは今でいうところのTAE バッファーです。このバッファーの最初の報告は1970年であり、現在でも当時と全く同じ組成で使われているようです。

   必要は発明の母といいますが、アガロースゲル電気泳動法は制限酵素研究の必要に応える形で発達したといえます。この方法を用いることにより、従来の超遠心法やDNA粘度の測定などでは決して得ることのできなかった詳細なDNA切断パターンの解析が可能になりました。この利点も手伝ってか、1978年までにはなんと約160種類もの制限酵素が報告されていたようです。技術の発展は、一度勢いがつくと凄まじいものがあります。

   余談になりますが、現在、分子生物学実験に頻繁に使われているII型制限酵素がSmithらによってはじめて報告されたのは1970年です。以前このコーナーで、サザンブロット法に遡りましたが、サザンブロット法が最初に報告されたのは1975年でした。II型制限酵素が初めて報告されたのが1970年、エチブロを用いるアガロースゲル電気泳動法が報告されたのが1973年だったことを考慮すると、1975年にサザンブロット法が出てきたのも歴史の必然であったような気もしてきます。

   今回の調査で、制限酵素について興味が湧いてきましたので、制限酵素をもう一度勉強してみようかなと思っています。では、今回はこの辺で。


注1)I型、II型制限酵素について

【I型制限酵素】
認識サイトと切断サイトが異なり、かつ切断部位が一定でないという特徴があります。認識サイトから1,000bpも離れた場所を切断する場合などもあり、組換え実験などには不向きです。また、切断にはマグネシウムイオンの他に、ATPとS-アデノシルメチオニンが必要です。

【II型制限酵素】
認識サイトないあるいは近傍の特定の部位を切断します。切断にはマグネシウムが必要です。遺伝子組換え実験で使用されている酵素は、ほぼこのタイプの制限酵素です。

(T.K.)
2007年12月掲載

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