「昼休みのベンチII」 第24回

『野外へ出よう!』(第24回)  <2012年4月>

小諸なる古城のほとり  -落梅集より  島崎藤村

「小諸なる古城のほとり       雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず       若草も藉くによしなし
しろがねの衾の岡辺          日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど       野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて         麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか         畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず      歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の         岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて         草枕しばし慰む  」

   五七調の定型詩であるからだけではなく、言葉とリズム、情景が1つになり、これほど、音読や朗読に適した詩はないように思います。

   複雑な家庭環境の嫌悪感や別れの悲しみ、そして、自分の歩む道を憂いながら、早春の信州を歩く詩人藤村の胸の内を慮り、山里の自然がそのままとして、癒すイメージが浮かび上がってきます。新しい生命が息吹くほんの少し前の3月初めのこの季節は、繊細で、憂い多き時期かもしれません。3月は自殺者が最も多い月と言われ、原因・動機は、「健康問題」が最も多く、次いで「経済・生活問題」、「家庭問題」、「勤務問題」となっています。昨年(下図の赤線)は、震災の影響で5月がピークだったそうです。大きな災害があると、我に帰るのかもしれません。それにしても、長寿国で経済大国の日本人が「健康問題」や「経済・生活問題」で、自ら命を絶つのはやるせない思いがします。



   写生文「千曲川のスケッチ」に書いているように、藤村は、まだ、残雪が多いこの時期に、よく信州の野山を歩き、温泉宿に泊まり、濁り酒を飲んで、気持ちのリフレッシュをしたようです。「自己を見つめ直す」とか「憂愁からの決別」と言ったところでしょうか。日本には昔から湯治場としての温泉がどこの地方にもあり、自炊しながら1週間から1ヶ月ほど療養することができました。今も、地元でしか知られていない秘湯と呼ばれるところは、湯治場が多いようです。病院と違い、入退院は自分で決めるところがいいですね。今の温泉ブームの日帰り旅行などは、ほとんどがバスの中で、みやげ物屋に寄り、慌しく、帰宅、「やっぱり、家が一番いい」とのオチが付きます。

   以下、その「千曲川のスケッチ」の一節(春の先駆)です。
   一雨ごとに温暖さを増して行く二月の下旬から三月のはじめへかけて桜、梅の蕾も次第にふくらみ、北向の雪も漸く溶け、灰色な地には黄色を増して来た。楽しい春雨の降った後では、湿った梅の枝が新しい紅味を帯びて見える。長い間雪の下に成っていた草屋根の青苔も急に活き返る。心地の好い風が吹いて来る。青空の色も次第に濃くなる。あの羊の群でも見るような、さまざまの形した白い黄ばんだ雲が、あだかも春の先駆をするように、微かな風に送られる。

   私も、この春の先駆の微かな風を感じようと、「小諸なる古城のほとり」を口ずさみ、初老の憂い?を胸に、いつものようにカメラを持って、どこへ行くともなく出掛けることにしました。

   はじめに、春を見つけたのは、近くの公園のスイセン(写真左)でした。

    
   この公園では、町内のボランティアの皆さんが丹精を込めて、いろんな花を育てていて、市で表彰される腕前です。こういう方々のおかげで、穏やかな日々を過ごすことが出来、感謝致します。

   しばらく、歩いて、農家の集落を過ぎ、農道を山の方へ向かうと、斜面に、一本だけの梅の木(写真右)がいち早く春が近いことを教えてくれました。
  
   そして、農道からはずれ、山の谷あいの小道を行くと小さな池に出ました。カモが数匹、エサを捕るようすもなく、まだ冷たい水面を、あちこち泳いで回っていました。その周辺の何気ない雑木林の小道は、実に趣があります(写真右上)。

   木立の上では、ヒヨドリが、さえずり、一足先に春を感じているようです。干されて甘くなった?木の実を食べていました。集団のスズメと比べ、孤高の鋭さが感じられます。

 そして、帰りは、いつも立ち寄るアオサギの繁殖コロニーです。今年も、しっかり、産卵(写真左下)し、孵化していました。この2匹のヒナ(写真右下)が無事、育ってくれるのを祈ります。

   福井県内のサギ類コロニ-分布調査デ-タについて日本野鳥の会が報告をしています。2010年5-6月の調査結果では、46地点でサギ類の繁殖を認め,営巣数は合計807あり,最大の営巣数種はアオサギとのこと。2009年度と比べて営巣数は減少しているとのことです。 福井県自然保護センター研究報告Vol.15 Page.23-31 (2011.03) 福井県は、まだ、まだ、自然が残されている地方と思いますが、魚介類を食す食物連鎖の上位にいるサギ類に、有害な化学物質が蓄積し、気づかないうちに、自然破壊が進んでいるのかも知れません。

  このメルマガを読者の皆さんが見るころには、陽射しが強くなり、視界がぱっと明るくなり、春爛漫で、街を歩くと、あちこちから楽しげな笑い声が聞こえてくることでしょう。さあ、新しい季節(年度)を感じ、深呼吸をして、胸を張って、あなたの道を歩き出しましょう。


参考図書
千曲川のスケッチ島崎藤村 著 新潮文庫
YOU TUBEで朗読も聴くことが出来ます。

***  お薦め書籍  ***

 『共喰い
    田中慎哉 著 2012.1 集英社

  芥川賞発表の記者会見の発言で、強烈なインパクトを与えた作家であったので、好奇心で読んで見た。芥川賞に必要な要素、青年、恋愛、性、異常癖、貧困、方言、比喩表現、家庭崩壊、暴力などがすべて含まれており、選者を意識して芥川賞を獲ろうとして書いたような野心を感じる。作家デビューとしては、当然かも知れない。これからの作品で、社会現象を起こすような若者のオピニオンリーダーになって行く作家かどうか見極めていきたい。理系の皆さんにとっても異次元の世界と思いますが、上述のような社会の根底を流れる芥川賞に必要な要素を含む現代社会で生活していることを、意識するため、たまには、この種の小説を読んでみては、いかがでしょうか。その前に、藤村や啄木など日本の明治から昭和の作家の文学を再度読み直すことから始めるべきでしょうか。

(昼休みのベンチ)
2012年4月掲載

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