「昼休みのベンチII」 第4回

『野外へ出よう!』(第4回)  <2008年10月>

   昨今、サブプライム問題から発した米国金融の危機から世界恐慌への不安へと広がっています。また、福田政権のあっけない幕切れと総選挙へと関心が向かい、日本では、すっかり、忘れさられた感がありますが、世界的に小麦、とうもろこしなど食糧の急激な値上げで、アフリカ、中米、アジアの発展途上国は大きな打撃を受け、救済措置が議論されています。その高騰の原因は、原油高騰、農作物のバイオエタノールへの転換、米国金融の危機で、農作物への投機マネーの流入などにあります。改めて、農作物が世界各国家の最重要戦略商品であることに気づかされます。

   先進国の中で、ダントツで一番低い食料自給率40%の日本が、これまで、一番、無関心では、なかったかと思います。下記の主要先進国の食料自給率の推移をみて頂くと、1961〜1971の間に、英国をはじめ欧州諸国は、自給率を劇的に上げているのに比べ、日本だけが大きく下げています。池田勇人・佐藤栄作・田中角栄総理の所得倍増、国家改造論の高度成長の時代に符合します。江戸時代までは、日本経済の指標をコメで示し、石高で、大名の格付けから、武士のサラリー、年貢という税制まで決めていた日本だったのですが、瑞穂の国はどこへ行ったのでしょう。


 農水省HP食料自給率 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/013.html

  初めて日本に来た米国人の子供が、車窓から、田園風景を眺めて、「日本は、お金持ちがたくさん居る、こんな広い庭を持って、全部、きれいな芝生を敷き詰めている」と、言ったそうです。確かに、整然とした新緑の田んぼは、芝生と見違えるほど、日本の豊かさの原風景と思います。

   私が、毎日、通勤している道に、正確には、寄り道には、田んぼが、住宅の間に、所々に見ることが出来ます。関西近郊の農家では、秋から冬は、畑作をして、冬野菜を栽培し、春から夏は、米作をしている農家が一般的なようです。昨日まで葉物が、畑で栽培されていたと思っていたら、今日は、きれいに耕かされて、一面に、水が、張られていることに目にして、驚きました。「地中の虫たちにとっては、大洪水だろうな。また、こんな住宅の間の田んぼでは、カエルの鳴き声は、聞けないだろう」と思っていました。ところが、3日もしないうちに、カエルが鳴き出しました。おそらく、地中に冬春中、じっとして居たカエルでしょう。さらに、しばらくすると、おたまじゃくしの集団が、泳いでいるのを見かけるようになりました。

   「今、そのカエルが危ない、カエルの合唱が聞けなくなる?」2006年12月、日本国内で飼育されているカエルからカエルツボカビが検出されました。これを受けて2007年1月13日に学会・研究機関・環境団体など16の団体による「カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言」が発表されたのです。えらい大袈裟な話ですが、専門家の皆さんは、真剣です。確かに、食物連鎖で、環境に大きな影響を与える可能性があります。

   ツボカビ類は,接合菌類・子嚢菌類・担子菌類と並んで,菌類の1つの分類群をなす生物であり,900種以上が知られており、ツボカビ類は,他の菌類と同様に体外から栄養分を吸収して生活する従属栄養生物であり,胞子によって繁殖する点も他の菌類と同様であるが,胞子の後端に1本の鞭毛を持つ遊走子である点が異なっている。ツボカビ類は世界中に広く分布し,遊走子の分散に水が必要なため,多くの種類が河川や湖沼などの淡水中や海水中に生息している。多くの種類は腐生性であるが他の生物に寄生する種類も多く,水中や土壌中の菌類・藻類・線虫・ワムシ・クマムシ・昆虫などが宿主となる。「ツボカビとはどのような生物か」 稲葉重樹 科学 Vol.77 No.10 Page.1079-1080 (2007.10.01)

   なぜ、こんなカビが、世界の各地でカエルを絶滅させるほどの強力な病原菌になるのか、早く、その原因が解明されるのが待たれます。



  作物学者永井威三郎博士(なんでも、荷風の実弟とのこと)は、水田は、奇跡と評し、つぎのような多くの水田の利点を挙げています。

1.湛水により、土壌は空気から遮断され、窒素の酸化を抑えられ、雨水による流出を防止できる
2.湛水により、前作の好気性病原菌が死滅する
3.リン酸が金属(Fe,Al)と結合せず、不可給とならず、植物に取り込みやすい状態を保つ
4.灌漑水からカリなどの補給ができる
5.空中窒素固定を行う藍藻、共生アゾラを育成する
6.土壌pHが緩和できる
7.泥状なので、耕作が楽
8.水路で、魚の養殖が可能
9.稲の貯蔵性がよい

  「収穫逓減の法則」と言って、連作すると、肥料を施さない場合、農作物の収穫量は、減少するのですが、畑作の場合(陸稲含め)では、収量は、50%程度になるのに比べ、水稲では、80%に留まります。おそらく、上述の利点がその理由だと思います。

   日本雁を保護する会の呉地正行氏によると、過去100年間で日本の湿地環境は著しく劣化し、その61%が失われたとのことです。一度破壊された湿地環境の復元・再生は困難で膨大な費用と時間を費やすとのことですが、水田を農業湿地として利用・管理しつつ、面的な湿地環境を回復することは、最も現実的で高い効果も期待できるアジア型の自然再生手法である、と同氏は、提案している。「水田の特性を活かした湿地環境と地域循環型社会の回復:宮城県・蕪栗沼周辺での水鳥と水田農業の共生をめざす取り組み」 呉地正行 地球環境 Vol.12 No.1 Page.49-64 (2007)

   森林だけでなく、日本の原風景の田園には、ぜひ、CO2排出権取引の対象に加えて頂き、少しでも、CO2排出権取引代金が還元されるのを望みます。そうすれば、上述のメリットがもう1つ増えることになります。

  江戸時代、リンネの弟子のツェンベリー(1743−1828)が来日して、「日本は専制政治下にあるが、日本人が農業を熱心に愛していることに私は賞賛の辞を惜しまない。単なる投機心や労作への報いだけではない。それ以上の動機がある。農民が自発的に、働いている点に感心する」と述べている。日本の豊かさの原風景は、朝早くから夕方まで田畑で野良仕事に精を出す日本人の「勤労」につながるのかもしれない。

参考図書
1. 稲作の起源池橋 宏 講談社選書メチエ
2. たんぼの虫の言い分NPO法人むさしの里山研究会編 農山漁村文化協会


***  お薦め書籍  ***

 『科学者として生き残る方法
   フェデリコ・ロージ テューダー・ジョンストン著 高橋さきの 訳 日経BP社

  2001年、科学技術基本計画の中で「ポストドクター等1万人支援計画は、数値目標が4年目において達成され、我が国の若手研究者の層を厚くし、研究現場の活性化に貢献したが、ポストドクター期間中の研究指導者との関係、期間終了後の進路等に課題が残った。また、任期付任用制度、産学官連携の促進のための国家公務員の兼業緩和等の制度改善を行ったが、現在までの人材の流動性の向上は必ずしも十分ではない」 と出口論が論議され始めました。インフラのないままに、財政的な要因で、いきなり、米国型に移行した結果です。しかし、その真っ只中にいるこれからの若い科学者の皆さんは、自分自身でこれからの競争的資金を獲得して、活路を見出していかなければなりません。この本は、欧米の科学者向けに、最近、書かれたものですが、日本の現状にも当てはまり、今までになかった具体的で、些細なことにも触れており、研究生活のガイド役に、きっとなると思います。

(昼休みのベンチ)
2008年10月掲載

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