「アメリカ東海岸留学日記」 第30回


 

> 2012年 5月 25日  「アメリカでの就職活動」

   5月は卒業式のシーズンです。私の大学でも先日最後の授業が終わり、学生達はすっかり夏休みモードです。卒業生は次の場所へと引っ越しの準備を始めています。新しい学生は9月まで来ないので、夏休みは大学教員やスタッフにとっても自分の研究や仕事に専念できる唯一の期間です。そのためこの季節、学生だけでなくファカルティもみなウキウキしています。

   一方、もう一年残る人はちょうど今頃から就職活動が始まり、夏休みの間くらいにはメドをつけなければなりません。アメリカでは博士号を持っていても企業へ就職するのは一般的で、工学や生物•医学の分野ではむしろそういう人の方が多いと言えます。私の周りでも就職活動を始めている大学院生がいますが、最近の就職難も手伝って、ランダムに履歴書を送るだけではなかなか上手くいかないようです。アメリカは人種も出身国も雑多なため、結果として日本よりもむしろコネが重要になる傾向があります。コネだけではもちろん入社できませんが、反対にコネがないとまず面接にこぎ着けることも難しいようです。確かに日本ほどみなが均一の教育を受けているわけではないので、書類で実際の実力や人となりを判断することが難しいのでしょう。そのため学生は、これまでに共同研究したことのある企業や、過去に研究室の先輩が就職した会社などに連絡をとるところから始めるようです。
 

   コネ社会はアカデミアでも同じで、日頃からのネットワークや自分のボスの力は大きく働きます。一つの研究ポジションに例えば500通という応募がある中で、トップ10%の優秀な人を書類で絞ってもまだ50人残ります。その中から面接に呼べるのは2−3人であり、実際にポジションをオファーできるのはたった一人です。最終候補者は書類では甲乙付けがたいことが多く、結局、人となりのわかっている顔見知りや周りから良いウワサを聞く候補者を優先的に面接に招くのが自然な流れとなるようです。アメリカでは面接にかかる航空券やホテル代、食費、全てがホストである大学持ちです。特にテニュアトラックの研究/教員ポジションになると、一人の候補者につき、朝から晩まで1〜3日をかけて面接を行います。そのため、ホスト側にかかる時間と費用、労力は相当なものになります。しかし一度雇うと決めると、スタートアップ•グラントとして一人につき4000万〜2億円の範囲でその人に研究費を付けなければなりません。そのため、雇う大学からしてみれば、その候補者が就任後本当に成功するか、いくらでも労力とお金をかけて面接を行いたいのだと思います。 
 

   私もつい先日、東海岸中部の大学に招かれたのでインタビューに行ってきました。この大学の場合、電話でのインタビューが先にあり、そこからさらに絞って2〜3人を実際の面接に招いていたようです。インタビューは、2日半に渡りました。1日目は午前中に面接先のファカルティに空港でピックアップしてもらい、そこから直接大学へ赴きました。到着後すぐにDean(各学部を束ねる研究科長)と1時間ほど面接、その後キャンパス内の案内をされつつ、昼に1時間ほど自分の研究を発表、続いて大学院生達と昼ご飯、午後からは学部内の各ファカルティと30分ずつ面談、共用施設•ラボスペースについて案内を受け、夜はまたファカルティ数人と食事というスケジュールでした。分刻みでスケジュールが組まれているため、独りになる時間が全くありません。

   翌日も同様に、朝7時半には学部長がホテルに迎えに来て、さらに各ファカルティとの面談、昼食•夕食が続きます。面談の内容も様々で研究に関する話からティーチングに関する話、生活•雇用の話までと様々でした。朝から晩までなるべく多くの人と交流することで、候補者の研究内容だけでなく、人となりについても注意深くチェックしたいという意図のようです。このシステムは、候補者にとってもデパートメントの雰囲気やメンバーの人柄を知る良い機会となります。 3日目の午前は、デパートメントが用意した不動産屋さんがホテルにピックアップに来てくれ、街の案内を兼ねて将来購入するかもしれない家の相談などをしました。その日の午後には帰途につき、夜には家に着きました。
 

   短い期間に多くの人と会って、ひたすらニコニコしながら話をしなければならないのでかなり体力を使います。ただ異分野の研究者とも話すことで学ぶことも多く、 インタビュー終了後にはかなりの達成感が得られます。また、各ファカルティと面会する前には話をスムーズに進めるため、ホームページや論文などで各々の研究室の研究内容をざっくりと勉強しなければなりません。強制的に勉強する状況におかれるので、普段専門外で見向きもしない研究についても勉強する良い機会となります。私のボスには「インタビューを重ねるごとにその人は賢くなる」と言われていましたが、その通りだと思いました。実際にオファーがもらえることも重要ですが、インタビューに行くこと自体も良い経験となるように思います。

   このようなインタビューを経て最終的に、幸運にも、その大学にはオファーをもらうことができました。しかし、その後が大変でした。スタートアップ•グラントの金額の交渉やポジションを始める時期、雇用条件なども、全て交渉ベースです。日本でも一昔前までは、「就職と結婚は似ている」とよく言われていましたが、アメリカのテニュアトラックのポジションもそれに近いものです。最低5年、多くの場合10年〜20年、あるいは定年まで勤める場所となるため、候補者にとっても、雇う大学にとっても、最高にマッチする相手を探さなければなりません。交渉条件には、たとえば研究者の家族がいる場合、家族の分のポジションを用意して欲しい、などのかなり個人的な内容も含むことができます。住む場所や、給料、外国人の場合はグリーン•カード(永住権)申請費用など、公私ともに重要な様々な条件の全てがクリアされた場合に契約が成立します。そのためオファーをもらった後に、契約条件に折り合いがつかずお断りするのもアメリカの大学では一般的です。候補者も終の住処に赴任するくらいの覚悟で真剣に考えているため、断ることは失礼にはあたりません。私の場合も、色々な雇用•研究条件を鑑みた結果、一生働きたい場所とは思えなかったことや、個人的なタイミングの問題もあり、今回のオファーはお断りすることになりました。

   就職する(独立した研究室を持つ)タイミングも人それぞれで、年齢制限が無いので焦らなくて良いのはアメリカの良い点だと思います。ライフサイエンス分野の場合、ポスドクやシニア研究員として5年〜10年の長期で働くことも一般的です。そのため、自分の‘理想の就職先’が見つかるまで何年かに渡って就職活動をすることも可能ですし、通常ボス(研究室長/教授)はこの段階になるとその人の就職活動を全力でサポートします。自分の研究室のポスドクが一流大学に就職できれば、それはボス自身の名声を高めることに繋がり、次にさらにレベルの高いポスドクや優秀な学生を採用できる可能性が高くなるからです。一人につき、50〜60校に応募することも珍しくなく、その全てにボスやその他数人の推薦者はレター(推薦書)を書かなければなりません。また、自分のポスドクを売り込むために、学会発表で彼/彼女の研究成果を積極的に宣伝したり、知り合いの教授達に直接紹介して回ったり、などなど様々な手を使って自分の部下の就職がうまく行くようにサポートするのも一般的です。

   実力社会のアメリカ、という印象がありますが、少なくともアカデミアの就職はボスとの二人三脚で行われると言っても過言ではありません。反対に、ボスの面倒見が悪いと業績がいくらあっても中々上手く就職できないこともしばしばです。企業への就職でも似たような傾向はあり、教授からの推薦書や周りからの評判はその人の就職が成功するかどうかの大きな鍵となるようです。おそらく基本的な考え方としては、周りの人々と上手くやっていけるコミュニケーション能力があるか、それがまず就職市場に出るための最低条件ということなのでしょう。
 

(コンドン)
2012年6月掲載

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