「源流を遡る」 第3回

第3回 南のシミ? -連鎖反応-  <2007年4月>

   このシリーズ、物質や手法につけられた名前の起源を、論文を頼りに辿ってゆきます。さて、今回は引き続き「南のシミ?」という題でお届けします(今回は第2回目の続編となります)。前回は「サザンブロット法」の名前の起源を調べるべく、1975年に発表されたEdwin Mellor Southern博士の最初の論文に遡りました。しかし、この論文には、この方法を今後「サザンブロット法」と呼ぶなどとは書かれていないようですし、DNAをニトロセルロース膜に写し取ることも、ブロッティングではなく単にトランスファーすると表現されているようでした。

   そこで今回はまず、いつ頃から「サザンブロット法」と呼ばれるようになったのかを、インターネットを使って調査してみました。その結果、1978年(最初の論文が報告されてから3年後)あたりから、”サザン○○”という呼び名が一気に論文で使われ出した痕跡を見つけることができました。

   何故、1978年の10月頃から連鎖的にこのような報告が増えたのかは、この調査だけではわかりませんが、論文や学会などで話題となったこの手法が、学者仲間の間で「サザンの方法」などと表現されるようになったことは考えられそうです。そして論文を書く際に、この手法に敬意を表し、「サザン」という名前を冠するようになったのでないでしょうか。

   少なくとも、サザン博士の論文の影響力が大きかったのは確かです。調べたところ、現在までに10,000件近くの論文に引用されています。これは、PCR法の論文などにも全く引けをとらない驚くべき引用回数です。

   ついでに、上で紹介した1978年の一連の論文が何の研究に関するものなのかも調査してみました。サザン博士の論文は前号でも紹介しましたが、リボゾーム遺伝子の構造を調べる研究でした。上の論文はそれに加え、グロビンやプレコラーゲン、ウイルスなどの遺伝子の解析など、多岐に渡っています。また、これらの論文を読み進むうちに、いくつかの新手法が使われ始めていることに気付きました。3年前に発表されたサザン博士の論文では、ラジオアイソトープ標識した栄養源を用いて培養した生物からリボゾーマルRNAを精製しプローブとして使用するという、かなり原始的な方法が用いられていました。しかし、これらの論文には、早くも”Nick translation法”が使われ始めています。

   Nick translation法は大腸菌のDNA polymerase I(注1)の性質を利用したDNAの標識法で、現在でも立派に通用する方法の一つです。歴史の話ばかりでは退屈しそうなので、少しこの方法を紹介しましょう。

   Nick translation法では、最初にDNA分解酵素(DNase I)がDNA鎖の片方にニックを導入します。  

   次に、DNA polymerase Iがそのニックに取り付き、図におけるニック左側のDNA末端を基点として複製を開始します(ニックの左側の1本鎖DNAは見方を変えるとPCR時のプライマーのようなものです)。また、DNA polymerase Iは同時にニック右側のDNA鎖を5’→3’エキソヌクレアーゼ活性によって分解します。この時、反応液に標識ヌクレオチドを添加しておくことで、新たに合成されたDNA鎖を標識することができます(図の赤部分)。

   現在では、熱変性したDNAにランダムプライマーをアニーリングさせ、DNAポリメラーゼでラベルする簡便な方法(ランダムプライミング法)が主流ですが、コンセプトはこの方法に似ています。プライマーをインターネット注文できるようになるのは、まだまだ先の話ですので、Nick translation法が当時ベストな方法だったのは間違いありません。

   さらに上で紹介した一連の論文では、AMVから分離した逆転写酵素によるcDNA合成や、プラスミドへ遺伝子を組み換える技術なども少しずつ使われ始めているようです。コドン表が全て埋まったのが1966年頃であることを考えると、1970年代のバイオテクノロジー技術の進歩は目覚しかったようです。現在でも通用する手法が大量に生み出された時期と言えるかもしれません。

   さて、サザン博士はというと、それからもエジンバラ大学(英国)でサザンブロット法に関連した仕事を続けられていたようです。Sealey PG et al. (1985) Nucleic Acids Res. 13: 1905では、サザンブロット法の特異性と感度を向上させる手法を報告されています。よく読むと、この論文にも「サザンブロット法」という表現も、「ブロッティング」という言葉すら出てこないようです。単に、「transfer hybridizaion」と書かれているのみです。1975年の最初の論文さえ引用されていません。さすが紳士の国なのでしょうか。

   ちなみに、Egeland RD & Southern EM (2005) Nucleic Acids Res. 33: e125では、DNAマイクロアレイに関する研究を報告されているようです(この報告の時にはオックスフォード大学に移られています)。マイクロアレイもサザンブロット法同様にハイブリダイゼーションを用いる方法ですね。同年、サザン博士は「Lasker賞」を受賞されています。

   そういえば、「サザンブロット法」という呼び名が論文に登場したのは1978年のことでしたが、その一年前に、次のドミノへと繋がる大きな発明がなされているようです。その論文によると、ニトロセルロース膜に結合させることが困難だったRNA成分を効率よくセルロース濾紙の表面に固定化して解析できるようになったというのです。

   次回は、1977年に報告されたその技術についてご紹介します。お楽しみに。


注1)DNA polymerase I
   1956年にコーンバーグ博士によって初めて発見されたDNAポリメラーゼ。コーンバーグ博士はこの発見で1959年にノーベル医学生理学賞を受賞されています。DNA polymerase Iは、ポリメラーゼ活性以外に、DNAを5’側からも(5’→3’)、3’側からも(3’→5’)削る活性(エキソヌクレアーゼ活性)を持っている興味深い酵素です。これらの活性は、現在PCR実験に使われている耐熱性ポリメラーゼにも備わっていて、我々も様々な恩恵にあずかっています。3’→5’エキソヌクレアーゼ活性は、KOD DNA polymeraseに正確性を付与していますし(校正活性)、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性は、Taq DNA polymeraseがTaqMan®プローブを分解するときに重要な働きをしています。

    (T.K.)
2007年4月掲載

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