「昼休みのベンチII」 第25回

『野外へ出よう!』(第25回)  <2012年6月>

   季節の中で、一番、植物が成長する季節がやってきました。植物が求める水と光が溢れる季節です。植物細胞にある、赤い光に反応するフィトクロムという色素蛋白が活性化して、発芽したり、光合成を活発にしたりして、植物が活動を始めるとのことです。

   街に、色とりどりの花々が咲き、明るくなり、生活が豊かになります。そして、その片隅にも野の花(雑草)が、世間に負けじと、たくましく花をかせています。

白すみれ
「忘れがたみよ、津の国の
遠里小野の白すみれ、
人待ちなれし木のもとに、
摘みしむかしの香ににほふ。

日は水の如往きしかど、
今はたひとり、そのかみの
心知りなるささやきに、
物思はする花をぐさ。

ふと聞きなれししろがねの
声ざし柔きしのび音に、
別れのゆふべ、さしぐみ(*)し
あえかのまみ(**)も見浮べぬ。」

(*涙ぐむこと **弱々しい目つき、訴えるようなまなざし)

    薄田泣菫の詩集『白羊宮』にある初恋の抒情詩。前回は、島崎藤村を取り上げましたが、今回は、その後の文壇の第一人者として、明治詩壇に登場した薄田泣菫を取り上げました。彼は、西宮市(分銅町あたり)にある自邸を「雑草園」と名づけ、野の花(雑草)を愛しました。名前のとおり、野の花のスミレに涙する?泣菫(その風貌とは大きく乖離している?)は、詩人でしたが、大阪毎日新聞社に勤務し、「茶話」などのエッセイを連載していました。芥川龍之介を社員として招聘し、彼の生活も支援していたようです。

   彼の著書「独楽園」の中で、こう書いています。「私の家には、そんな勿体づけられた異木佳樹といつては、ほんの一株も見られないのみか、その悉くがそこらにざらにある雑木雑草なのだ。だが、これらの地味な樹木も、夏が来ると、それぞれ黄色がかつた緑の柔かい若葉を伸ばし、枝を伸ばして、人間ならば貧しい農民か樵夫かといつたやうな人達にのみ見られる、心やすさに充ちた微笑をもつて私を見詰めてゐる。」と、みじかな雑草に心を寄せています。

   私も、家の周辺の「雑草園」で、カメラを片手に、雑草、いや、野草を探してみました。本当のことを言いますと、家の周辺の草取りの仕事が主で、その片手間です。すると、いくらでも見つかります。①カタバミ 黄色の花に、ハートのような葉が特徴で、どこの空地でも見つけられる。②チチコグサ 手入れのしていない芝生によく見られ、もっとも、嫌われる雑草。父という名前を変えてくれ! 地味な野草で、キク科とは、思えないですね。その点、③ハハコグサは、春の七草に選ばれ、やさしさが感じられます。

  ④シロツメクサ(クローバー)は、根粒菌による窒素固定が出来、他の雑草にも勝ち、原っぱの優等生です。 ⑤ナガミヒナゲシ(ポピー)は、透き通るオレンジ色で、地中海沿岸の帰化植物、その雰囲気が漂っています。⑥ハルジオンは、ヒメジオンと似ているのですが、葉にギザギザがあるのがヒメジオンことです。

   その眼で探してみると、家の周辺で、花をつけている野の花がいくらでも見つかり、これは、嵌ってしまいそうになります。今更ながら、いままで、こんな野の花に囲まれて生活していたとは、あらためて、驚かされました。

   ⑦トキワハゼ 地面にしっかり根ざし、強い割に、紫の可憐な小さな花を咲かせる。

    (泣菫の独楽園のつづき)「一体庭樹といふものの多くが、人間の好みに適応するやうに囚へられ、撓められ、造り替へられてゐるのに比べて、雑木はその持味の素朴さ、粗々しさ、とげとげしさの感じが失はれてゐないだけに、それにとり囲まれてゐると、どうかすると人をして山林の中に棲遅(せいち)してゐるやうな幻想を抱かしめるものだ。それにまた雑木のもつ健康さが――雑木は多くの場合佳木よりも健康だ。ちやうど農民や樵夫たちが、有産階級のなまけものよりもずつと達者であるやうに。」泣菫も、野の花(雑草)に自然の逞しさを感じていたようです。

    ⑧オニタビラは、道端や庭に自生し、日本全国ほか世界各地に広く分布しています。線路沿いに多いので、鉄道で広がったのでしょうか。ココオニタビラコは春の七草の「ほとけのざ」のこと。 ⑨ヒナカラスノエンドウの名は、その豆果が黒く、カラス色に由来するそうです。 ⑩アカミタンポポは、綿毛の中心に見えるそう果の色が赤紫色を帯びている。外来種との交雑が進みわかりにくいようです。

   ⑪ムラサキツユクサ 細胞や気孔の観察でおなじみです。 ⑫アカバナユウゲショウ(赤花夕化粧)夕方から咲くと言われています。

   以上の多くの花は、江戸、明治時代に観賞用として国内に持ち込まれた外来種で、日本のどこでも見られる野の花というのも、気になるところです。植物が一番早くグローバル化が進んでいることは、確かです。動物より遺伝子数が多く、動く遺伝子トランスポゾンなど環境に適応する仕組みを装備しているためでしょう。このように植物の多様性と適応性には敵いません。「大阪のおばちゃん」の見知らぬ人でも気軽に声をかける、その適応性と共通点があるかもしれません。日本の若者が海外で根を下ろすなら、この遺伝子を受け継ぐ必要がありそうです。

参考:
「独楽園」薄田 泣菫 著 ウェッジ文庫
「葉による野生植物の検索図鑑」阿部 正敏 著 誠文堂新光社
「植物は感じて生きている」瀧澤 美奈子 著 化学同人

***  お薦め書籍  ***

 
 『枝分かれ』

  フィリップ・ポール 著 桃井緑美子 早川書房 2012.2
  英題「Branches」、副題「自然が創り出す美しいパターン」

  日本には、盆栽や庭園の松の枝ぶりを鑑賞する文化がありますが、自然が創り出す「枝分かれ」は、いろんなところで、見ることができます。葉っぱの葉脈、根の張り方、亀の甲羅、トラやヒョウ、キリンの模様、毛細血管、ひび割れ、川の支流、イナズマなど切りがありません。おなじみのインターネットWWWもそうかもしれません。
 レオナルド・ダ・ビンチの木の枝分かれの法則を19世紀の発生学者ベルヘルム・ルーは、より正確にしようとして、次のように記載しています。
1. 主軸の幹が太さの等しい二本の枝に分岐した場合、どちらの枝も幹との角度が同じである。
2. 分岐した枝の太さが異なる場合は、細い枝の方が幹との分岐角度が大きい。
3. 幹を曲げるほど太くない側枝は、幹に対して70度から90度の角度で分岐する。
散歩の際、街路樹を見ながら、この法則の確認をしてみたら、散歩の楽しみが増えることでしょう。分岐には、まだまだ、多くの謎がありそうです。

(昼休みのベンチ)
2012年6月掲載

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