「昼休みのベンチII」 第16回

『野外へ出よう!』(第16回)  <2010年12月>

   今年ももうすぐ終わろうとしています。この1年、皆様にとって、よい年であったことと願っております。

   2010年は、科学の分野では、ノーベル化学賞を、北海道大名誉教授の鈴木章氏(80)と米パデュー大の根岸英一氏(75)ら3人に授与すると発表したことも、大きな話題でした。その受賞理由はパラジウムを触媒とする「クロスカップリング」と呼ばれる有機合成法の開発で、医薬品分野では抗がん剤、抗HIV剤、抗MRSA剤など、高分子化学分野では液晶や伝導ポリマー、発光高分子材などが作られ、また、最近では有機ELや有機薄膜太陽電池への応用で、エレクトロニクス分野からの注目も高まっており、人類の発展に広く貢献しています。この受賞は、納得ですね。それにしても、マスメディアは、このような社会に貢献した人をもっと早くから世に知らせないのでしょうか。それとも、ノーベル賞選考委員の方がすごい情報網を持っているということでしょうか。昔から日本では、海外で評価されてから、国内で慌てて表彰するようなことがよくあるように思います。

   そして、もうひとつのノーベル賞、人を笑わせ、考えさせる科学研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が9月30日、ボストン近郊のハーバード大であり、粘菌を使って鉄道網の最適な設計を行う実験に成功した中垣俊之・公立はこだて未来大教授、小林亮・広島大教授ら9人が交通計画賞を受賞しました

    設計をするのに、粘菌の脳力に頼らなければ、ならないとは、人間の脳もたいしたことはないよう思いませんか。ところが、そうでなく、粘菌の能力はすごいらしいのです。鉄道網の最適な設計が出来るだけでなく、どうも、霊感が人よりすぐれているらしい。Amoeba-Inspired Network Design「 アメーバで得た霊感によるネットワ-クの設計」Science Vol.327 No.5964 Page.419-420 (2010.01.22)という論文がサイエンスに堂々と出ているのです。サイエンスの編集者も霊感の魔力に屈したか。粘菌Physarum polycephalumで自然に起る自己組織化,自己最適化,自己修復は,携帯通信ネットワ-クまたは動的に結ばれたコンピュ-タ-素子のネットワ-クなどの技術システムに必要とされる能力であるかも知れないと語っている。「イグ・ノーベル賞」から「ノーベル賞」という話も将来、起こりうることかもしれません。その場合、当然、粘菌が賞をもらうことになります。

  今回の話は、粘菌です。前置きが、長かった。
そこで、私も、世界的博学者南方熊楠が愛し続けた粘菌を探しに出かけることにしました。紅葉のきれいなお寺から神社、渓谷を巡りました。

   粘菌の居るところは、えさとなるバクテリアや菌類が必要であり、世代により、水分と暗所を好み、子実体を形成するためには適度の乾燥と明るさが必要である。水分と暗所、乾燥と明るさという環境がモザイク状に混在あるいは交互に変化するような環境がよいとのことです。引用 都市緑地における変形菌(真性粘菌)の環境指標生物としての可能性ランドスケープ研究 Vol.71 No.5 Page.653-658 (2008.03.31)岩田樹 (都市再生機構), 鈴木雅和 (筑波大 大学院人間総合科学研究科)

   熊楠先生もそうだったように、神社の森で、粘菌が見つかる可能性が高いようです。1909年、先生は『神社合祀(ごうし)反対運動』を開始して、やがて、1920年、10年間の抵抗運動がついに実を結び、国会で「神社合祀無益」の決議が採択されたそうです。先生は“エコロジー(生態学)”という言葉を日本で初めて使い、生物は互いに繋がっており、目に見えない部分で全生命が結ばれていると訴え、生態系を守ったのです。神社の森を守り、粘菌も守ったのです。研究機関に属さず、無給で、粘菌やシダ類の標本作成や新品種の発見を行い、ネイチャー誌に生涯51報の論文を掲載している。純粋なナチュラリストですね。



  私も、近くの神社や渓谷で、上の写真のような粘菌を見つけることができました。季節柄でしょうか、成長期の粘菌の名前のような艶やかな表面をしたものは見つかりませんでした。胞子化したか、すでに、胞子の抜け殻になったものでしょうか。門外漢の私には、いつも姿を変える粘菌(変形菌)は、捕らえどころが無く、名前も分かりません。
 
   粘菌を研究対象に選ぶ研究者は、多いようですね。確かに生命現象の基本を研究するには最適の生物です。進化、発生、分化、成長、代謝、生殖、運動、防御、エピジェネ、集合体、など、この単細胞には、生物のすべての機能を備えています。それに霊感まで加わると、こんな面白い生物はありません。しかし、そんな生易しい生物ではなさそうです。

  そう言えば、私のネンキンは、日本年金機構さん、大丈夫でしょうね。もうすぐ、貰える年齢になるのですが、年金が通帳口座に入ったら、粘菌のように大きく成長することはなくて、水分や栄養(原資)が枯渇するとさっさと形を変えて、逃げていってしまうところだけは、よく似ているような気がして、心配です。

みなさま、よいお年をお迎えください。

参考図書
1. 日本変形菌類図鑑 萩原博光、山本幸憲 解説 平凡社
2. 南方熊楠・萃点の思想 鶴見和子 著  藤原書店

***  お薦め書籍  ***

 『君たちに伝えたい3つのこと
   中山 敬一著 ダイヤモンド社 2010.7

  医学生に、ルーチンワーカーの臨床医になるか、クリエーターになる研究者になるかを選択を鋭くせまる根っからの研究者が書いた本。研究者の素質は論理性と説く、生命現象の曖昧(複雑)なところを論理性で、解明していくことで、大発見が生まれる。自らのホームページのポリシーには、「私達のラボは、世界一流を目指す研究者を養成することを唯一無二の目的にしています。」とあります。現在、蛋白質のユビキチン化を網羅的に解析し、その機構を解明しようとする挑戦的な研究を行っておられます。その成果も楽しみですが、ここで研究をされている若い研究者の方が今後どのようなところで活躍されるかも楽しみです。

(昼休みのベンチ)
2010年12月掲載

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