「昼休みのベンチII」 第5回

『野外へ出よう!』(第5回)  <2008年12月>

   2008年度のノーベル賞、日本人4人が受賞され、何はともあれ、うれしいですね。中でも、生化学の研究によく使われているGFPの下村脩博士が選ばれたのは、皆さんも親近感があるのではないでしょうか。科学者は、第三者の働きかけがあり、熱心に推薦する人がいて、その業績と人物を評価して、受賞が決まります。ノーベル賞を受ける科学者は、そんな謙虚な方々ですので、素直に祝福できます。

   最近、「多様性」という言葉もよく見聞きするようになりました。特に移民国家では、各々の民族が確固たるアイデンティティを維持しながら相互に尊重して、国家の安定を図り、維持、成長をしていくことが重要と考える様になってきました。オバマ米国次期大統領の誕生もその大きな流れの1つかもしれません。自然科学の世界でも、オーストラリアのタスマニア島近くの海底でヒトデやカニなど274種の新種が見つかったとの報道がありました。(日経新聞大阪夕刊2008.10.18)生態学における「多様性」では、地球環境規模の中で、各々の生物が、その特徴を維持しながら、環境に適応して、種の保存を遂げていく。適応できない種属は、消滅生物として消えていくことになります。昔、カゲロウの生態に関する研究を通じ「棲み分け理論」を提唱した今西錦司先生の講演を聞いたことがあります。講演後の質疑応答で、「公害問題により、消滅生物出てくることはないか」との質問に、「自然の生態系はそんな脆弱ではない。人間が引き起こす公害問題が起こっても、100年の単位では、影響はない。」と答えられたことを思い出します。今西氏が、遺伝子組み換え体が世界でこんなに普及している今日を知れば、考えが変わったかもしれません。

   さて、今回は、昆虫の形と色の話です。人間は、目、耳、鼻、舌、皮膚が感じる五感によって、常に外部から様々な情報を取り入れています。ベストセラー「人は見た目が9割」竹内一郎(新潮新書)を持ち出すまでもなく、「目」から得る情報は、80%から90%と言われています。多くの生き物も同じで、視覚は、その生物が生き残っていくために、最も重要な機能です。下の左の写真は、近くの公園で撮った写真ですが、ショウリョウバッタが芝生の緑に隠れています。分かりますね。では、背中に2匹の赤ちゃんバッタを背負っているのも分かりました? しっかり掴まっていないと、飛んだ時、振り落とされますが、大丈夫でしょうか。同じようにオンブバッタという種があり、大きなメスにオスが掴っていることがあります。退職サラリーマンの濡れ落ち葉現象は、生物共通の生活パターンのようです。今度は、右の写真です。このバッタは、枯草の色を合わせて、枯れ草色のバッタです。背景の色に合わせて変身するのかと思いましたが、こうした違った種類のバッタがいるとのことです。鳥やトカゲなどに食べられないように、自分の色と周りの色に合わせて、移動し、身を守っているわけです。脱線しますが、仮面ライダーは、優秀な科学者でオートレーサーでもある本郷猛が、その能力を見込んだ悪の組織ショッカーに拉致され、バッタの能力を持つサイボーグにされてしまった結果だそうです。「なぜバッタを主人公に」という問いに、原作者の石ノ森章太郎は「バッタは小さいから強く見えないだけで、人のサイズになれば強い」と説得して決まったとのことです。カブトムシは、強そうで、カブトムシ好きの子供は多いですが、仮面ライダーの原型のバッタは好かれているのでしょうか。生物を広く興味を持ってほしいものです。

   話を戻します。鳥やトカゲは、こうした草むらに同色で隠れているバッタを捕まえることが難しくなるということは、鳥やトカゲは、色彩を判別できるということで、色盲ではないということになりますね。さっそく、調べてみました。



   河村正二准教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)よるとヒトの多くは3色型色覚(下図)であるが、多くの鳥類、爬虫類、魚類はもっと高度な4色型であるとのことです。たしかに、鳥や爬虫類の目は鋭いですね。また、多くの哺乳類は2色型で、よく誤解されているような完全色盲ではないとのことです。したがって、高度に発達した眼を持つ鳥やトカゲから身を守るには、変身は、有効な手段と言えると思います。

                                      ヒト視物質の吸収波長
3種類の錐体視物質(赤、緑、青)により多くのヒトは3色型色覚となっている。黒は桿体視物質。http://www.jinrui.ib.k.u-tokyo.ac.jp/kawamura-home.html

  次は、庭のミカンの木についたアゲハ蝶の幼虫(若令から終令)の記録です。左の写真から順に大きく成長していきます。左の写真の葉には、鳥の糞が付いています。実は、糞ではなくて、糞に似せたアゲハの若令幼虫です。すごい戦略ですね。食べられるかもしれない鳥が最も嫌う自分の糞に似せている訳ですから。どうして、糞に似せると捕まらないという生き残る知恵がこうした形を創造できるのか、生物は不思議です。たまたま、鳥の糞の傍に居た幼虫が生き残り、進化を遂げて行ったのでしょうか。もっと不思議なのは、なぜ、右の写真の緑色の終令幼虫に変身し、さなぎとなり、やがてアゲハ蝶になるという完全変態の経過をたどるのか、ですね。それぞれに成長期に、生物として生き残るために必要だった歴史的な理由があるのでしょう。残念ながら、右の写真の緑色の終令幼虫で、鳥に見つかってしまったのかあくる日には、見つからなくなってしまいました。成虫のアゲハになるとこをまで見たかったのですが、残念です。

   ところで、中央の写真(4齢)と右の写真(5齢)と、見事な変身ですね。こんなことを研究している科学者がいるのでしょうか。これもさっそく、調べてみました。

   居ました。居ました。二橋 亮 博士(農業生物資源研究所・東京大学)です。この研究は、新しく、この2008年4月24日に講演された要旨を以下に引用します。

<アゲハ幼虫における紋様形成の分子機構の解明>

  『アゲハの幼虫は4 齢までは全身の大部分を黒色部が占め、鳥のフンに擬態していると考えられている。しかし、5齢になると全身が緑色になって周囲の草木に紛れ込む。演者は、アゲハの2つの紋様、およびアゲハと他の鱗翅目昆虫の幼虫紋様を遺伝子レベルで比較することによって、紋様に関わる遺伝子の同定と、その発現が変化するメカニズムの解明を試みた。紋様形成に関わる候補遺伝子を得るため、cDNA サブトラクション法により、4 回目の脱皮(4 眠)時に発現の変化する遺伝子を探索した。その結果、終齢幼虫の緑色に関わると考えられるインセクトシアニン様遺伝子や、若齢幼虫のイボ状突起で特異的に発現するクチクラ遺伝子が複数得られた。また、黒色領域との関連が考えられる黒色紋様の領域決定に関わる分子機構を解明するため、アゲハにおいてメラニン合成に関わる複数の酵素遺伝子のクローニングを行い、whole-mount in situ hybridization による発現解析と、培養皮膚を用いたメラニン前駆体の取り込み実験を行った結果、齢特異的に酵素遺伝子が協調的に発現することが黒や赤の紋様形成に必要であることが示された。
 
   次に、紋様の切り替えが脱皮を介して起こっていることに着目し、昆虫の脱皮・変態に関わる2つのホルモン、エクジソンと幼若ホルモン(JH)に着目した。アゲハ幼虫の体液中のJHタイターを測定したところ、4齢幼虫になって1日以内に急激に減少することが確認された。また、この時期にJH処理を行うと高い割合で若齢型の幼虫が得られることが確認された。さらに、黒色紋様と関連の見られたTHとDDCの発現パターンが、JH処理によって若齢型を保つことも示された。以上の結果から、JHの濃度依存的にアゲハの幼虫の紋様が変化するモデルが考えられた。

   さらにアゲハを幼虫紋様の類似したシロオビアゲハおよび紋様が大きく異なるカイコと比較解析することで、アゲハ特有の形質に関わる遺伝子が得られるのではないかと予想した。幼虫皮膚のESTライブラリーを3種間で比較したところ、幼虫の青色と関連の見られるビリン結合蛋白質に加えて、黄色の着色と関連の見られる遺伝子、さらに紋様特異的なクチクラ蛋白質がアゲハで高発現していることが確認された。これらの遺伝子をカイコのゲノム情報と照らし合わせたところ、アゲハで遺伝子重複が生じ、進化の過程でアゲハ幼虫の形態変化に深く関わる遺伝子が得られたことが示唆された。』

   いかがでしたか。こうした地道な研究結果から、すこしづつ、生物として生き残るために必要だった歴史的な理由が解明されていくことでしょう。そして、あらゆる生物の「多様性」の必然性を認めていく社会に変換していくことが大切に思います。
オバマ米国次期大統領には、国際的リーダーとして、世界経済政策とともに、中東問題、人種問題への取り組みに注視して行きたいと思います。

参考図書
1. 昆虫擬態の観察日記 海野和男 技術評論社
2. 昆虫―大きくなれない擬態者たち 大谷 剛 OM出版

***  お薦め書籍  ***

 理系のための人生設計ガイド
   坪田一男 著 ブルーバックス 講談社

    前回の科学者として生き残る方法に続き、科学者がこの学界という業界で、生き抜いていくためのガイドブック。生命保険会社並みの人生プランに基づき、キャリアアップのノウハウを著者の経験をもとに、読者に解説する。経済的自立を説き、ベストセラー本の印税収入、講演料、投資信託まで勧める丁寧さ、果ては、ベンチャー会社設立までを伝授するという企業人顔負けの内容になっています。科学者の基本姿勢は、当然ですが、自分の専門を磨き、その分野での第一人者を目指すことが大切に思います。「科学者という仕事」酒井邦嘉(中公新書)の科学に王道なし、いかに個を磨くかを説く内容も合わせて、読んで頂きたいですね。現代の科学者は、なかなか、生きづらい世の中になってきましたが、やはり、科学者は、自己を客観視できる謙虚な人種でありたいものです。

(昼休みのベンチ)
2008年12月掲載

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