「昼休みのベンチI」 第6回

『バイオ研究者の知財戦略−アイデアの作り方からその活かし方-』(第6回)  <2008年2月>

  1974年5月20日朝、スタンフォード大学技術移転オフィスのニール・ライマースは、ニューヨークタイムスの新聞記事で、「ヒキガエルのDNA断片を、ベクターを介して、大腸菌に導入し、ヒキガエルの蛋白を大腸菌内に産生した。」いわゆる、遺伝子組み換え技術の発表を読んだ。早速、その研究者の一人の同大学のコーエン教授に、連絡を取ったが、コーエン博士は、広く研究者に利用してもらいたいし、商業化は、まだ先の話しとの考えから、特許出願をしぶったようです。しかし、ライマースは、共同研究者のカリフォルニア大サンフランシスコ校のボイヤー博士との二人を、熱心に説得して、特許出願にまでこぎつけた。その結果、特許出願から1997年12月2日で、期限が切れるまで、スタンフォード大学は、2億5千万ドル以上のライセンス収入を得ることとなった。

  世界中で何千万人の人がこのニューヨークタイムス紙を読んだはずですが、他に誰も行動を起こさなかった。この基礎研究である生物研究技術が、その後、大学の経営戦略とバイオベンチャー、医薬産業戦略に大きな影響を与えることになったことは、ご存知のとおりです。米国人持ち前の開拓者精神と共に、こうした技術移転オフィス(TLO)、投資家などの仲介により、大学と企業との垣根は、取り払われ、人材の流動が起こり、バイオ産業の急成長となったわけです。
 
TLOとライセンス・アソシエイト渡部俊也、隅蔵康一 (株)ビーケイシー

  最近になって、やっと、日本の研究者も、論文以外に、特許出願数も、研究業績に必要との意識を持つようになりましたが、現在でも、特許を出願するところまでで、中々、その特許を事業や商品に結び付けるところまで関わることはいないようです。やはり、ライマースのような目利きの人が間に入り、相手(企業)との特許実施権契約などの交渉を行って初めて、事業や商品に結び付けることになるようです。あなたの周りにそのような方が居られますか。

  今回は、特許出願から後に必要な、特許実施権契約についての話です。研究者は、このような知財戦略で一番重要な契約に無関心で、相手に言われるがままに、署名して、後で、大きな後悔をすることがあります。一度は、じっくり、契約案を読んでから、署名、捺印をするように心掛けてください。また、国や企業のお金で、研究出来た成果だから、自分には、そんな権利は主張できないよ、とは考えないでください。研究以前のアイデア(知財)は、個人に帰属します。

  この契約には、大きく、専用実施権(特許法第77条)契約と通常実施権(特許法第78条)契約がありますが、当然、専用実施権の効力は大きく、特許権者の実施でさえも阻止することができる訳です。特許権者は、丸投げと言ったところです。他方、通常実施権は、単に、特許を実施することができるだけですから、特許権者が他の競合企業にも実施権を与えることを阻止出来ないわけです。同じ特許に基づいた商品が市場に出て、競合することになります。それでは、たまりませんので、特許権者が、他の企業に通常実施権を与えないように条件を契約に入れる場合があります。それは、独占的通常実施権と言います。ところで、先の専用実施権とどう違うの? 専用実施権は、権利侵害に対して差止請求権や損害賠償請求権や質権など特許権者と同等の効力を持つのに対し、独占的通常実施権は、損害賠償請求権程度の効力に留まるようです。関係者が良好な関係であれば、特許権を実施することにおいて、実質的には、大差がないように思います。

  具体的に、通常実施権契約の一例で、簡単に説明をします。
前文 契約者間でどのような内容に関する契約をするかを記載します。他に契約に関与する者がないか整理しておくことが必要です。
第1条(定義)この契約で使用する用語の説明で、特許の番号や名称などを記載する。また、製品や地域など実施権の範囲についても定義しておくと後で揉めることがないですね。
第2条(実施許諾)特許実施許諾の独占的か一般的な通常実施権を規定する。第三者への実施許諾や再実施権についても、記載する。
第3条(特許権の維持)ライセンサー(特許権者)は特許料を支払い、第三者の無効審判請求に防禦して、有効期間中の維持を図る。
第4条(対価)対価には、一時金とランニングロイヤリティがあり、ロイヤリティの相場は、卸値の2から4%といったところですが、開発投資が大きい医薬品、付加価値の大きい先端技術やIT関連では10%を超えることもあります。知財権の重要性や研究開発投資の負担増から相場が高くなっていく傾向があります。発明協会の調べでは、回答数907件のうち305件(33.6%)が「3%以上4%未満」の回答が最も多かった。また、実施料の算定には、販売額によるものが50.7%の回答があった。「ライセンス契約実務ハンドブック」208頁からの引用



第5条(実施料の報告及び支払)通常、会計年度やその半期毎に報告と支払いを行うことを義務付けています。これで、市場の状況が掴めます。
第6条(監査)実施料の報告及び支払が適正に行われているか監査することを記載します。
第7条(対価の不返還)一旦支払われた対価は返却しないという、通常、ライセンサー(特許権者)に有利な条項になっている。
第8条(不保障)前条と同じく通常、ライセンサー(特許権者)に有利な条項になっている。
第9条(改良発明)商品化する場合、その過程で必ずといっていいほど、改良発明が出てきます。その取り扱いを定めます。通常、共願で出願することになります。
第10条(侵害)ライセンシー(実施権者)が侵害を発見した場合の通知や協力して、侵害の排除、予防の措置をすることを定めます。
第11条(秘密保持)特許の開示時に、秘密保持契約を交わしているが、その後継として必要となります。
第12条(最恵待遇)先発の契約が不利にならないように記載します。
第13条(有効期間)有効期間を定めますが、その後の自動延長を記載するのが一般的です。
第14条(解約)相手が義務を不履行の場合、解約することを定めます。
第15条(協議)この契約に記載していないことについて協議することを定めます。
第16条(裁判管轄)係争になった場合の管轄裁判所を明記しておく。
末文 両者の記名捺印と保有を記載する。

以上が、契約内容です。交渉時に、重要なところは、第1条(定義)、第2条(実施許諾)、第4条(対価)になります。

  実際の事業化では、大抵は、技術指導(技術指導料)を受けて、出来るだけ同条件で体感する研修が行われることになります。このような内容を含んだ技術移転、ライセンス契約を締結する場合もあります。実施権契約を締結しても、すぐに事業ができる訳ではなく、その背後にある基本技術、実験データ、設計図面やノウハウ、装置の移転や営業秘密事項に至るまでの総合力と周囲の多くの協力者がないと、商品化や事業化は、難しいのです。

  研究者の知財戦略は、周りの多くの人々の共感や協力で成り立ちます。第1回の冒頭で述べましたが、研究者個人が、知財戦略を身に付けて、「出る杭」になろうと呼びかけました。「出る杭」とは、積極的に自分の位置(新しい研究領域)を探求し、定め、社会的使命の発信基地となり、多くの人々の共感、協力を受けて、研究活動を推進することではないかと思います。知財戦略は、きっと、打たれても跳ね返す「出る杭」となるための支えになると確信します。

  最後に、19世紀の発明家達が、将来の大企業を生み出し、そこから企業研究者を、大学研究者を輩出してきた大きなイノベーションの潮流を解説した「発明家たちの思考回路 奇抜なアイデアを生み出す技術」を紹介して、終えることにします。

発明家たちの思考回路 奇抜なアイデアを生み出す技術 エヴァン・I・シュワルツ ランダムハウス講談社 
 
 長い間、お読み頂き有難うございました。
あなたのラボの近くのいつもの「昼休みのベンチ」で、又、お会いしましょう。
                                                          
★今月の参考図書

TLOとライセンス・アソシエイト 渡部俊也 隅蔵 康一 (株)ビーケイシー
バイオ特許の実務  辻丸光一郎 (財)経済産業調査会
ライセンス契約実務ハンドブック  石田正泰監修 発明協会編
ライセンシング戦略  高橋伸夫・中野剛治編 有斐閣
発明家たちの思考回路 奇抜なアイデアを生み出す技術   
     エヴァン・I・シュワルツ ランダムハウス講談社

(昼休みのベンチ)
2008年2月掲載

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