「昼休みのベンチI」 第5回

『バイオ研究者の知財戦略−アイデアの作り方からその活かし方-』(第5回)  <2007年12月>

   アイデアを出すには、多面的な物の見方が大切と、これまで、述べてきました。最近の視神経の研究によると、眼から入った情報は、網膜の辺りで、色、形、運動、位置など異なる情報に、分けられて、それぞれ、別の神経細胞を通って情報伝達され、脳の奥にある大脳皮質まで運ばれ、そこで再統合され、1つの映像として認知するとのことのです。やはり、情報も家庭ゴミも、最初に、きっちり分別し、整理して置くことが日常生活の基本のようです。自分自身の個々の細胞では、このように整然と出来ているのに、その集合体である人間個体では、なかなか整理整頓ができないのはなぜでしょう。やっぱり、生物の特徴である「ゆらぎ」?でしょうか。

  今回は、バイオテクノロジーに関する特許についてお話します。バイオだからと言って、特別ではないのですが、ただ、研究が日進月歩で、数年ごとに大きな技術が開発され、特許となり、一斉に、社会の流れが、変わるところがあります。そんな最中、今回、ビッグニュースが入りました。

   「ヒトの皮膚細胞から、あらゆる細胞に分化できる「万能細胞」を作ることに、京都大再生医科学研究所の山中伸弥教授らが初めて成功した。患者の皮膚から移植用の臓器を作れる可能性があり、拒絶反応のない新たな再生医療の実現に道を開く画期的な成果だ」(11月21日 産経新聞)

  この日本発の大きな成果が、どのような特許(請求の範囲)となって、現れるのか、対抗馬のウインスコシン大と特許的にどちらが強いのか、再生医療への規制に、厚労省は、どのような判断をするのか、いろいろな面で、興味深いですね。バイオ技術の国際競争で、最後に残ったこの分野で、日本の産官学、日本のバイオの底力を期待したいですね。ついでながら、この分野の最近の技術、企業の動向を把握するには、(独)工業所有権情報・研修館のホームページから特許流通支援チャート「自家細胞再生治療技術」(H17年度)で見ることが出来ます。

  さて、バイオテクノロジーの特許に特有のことを拾ってみると、以下のようなことになりますでしょうか。

1. 動植物などの生命の自然現象や生体の構造、仕組みなどの発見や法則を見出したことでは、特許になりません。学術論文には、この部分に留まっている場合が多いのです。かならず、産業に利用される、つまり、医薬品、治療や診断などに用いられることが要件になります。特許法 第一条(目的)に「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と記載されています。ご自身の研究で、そのような産業の分野がないか改めて探してみては、いかがですか。必ず、産業の発達に寄与する分野があるはずです。【「工業所有権法逐条解説」特許庁編 発明協会】

2. バイオ技術が急速に発展したため、バイオ先進国がその成果を特許として独占してしまい、南北問題となっています。一時期、ヒトゲノム情報の特許を企業が独り占めするのではないかとの危機がありました。いいえ、まだ、続いています。また、考案した当時の技術がどこまでが「公知」であり、どこからが「当業者が容易に類推できる技術から乖離しているのか」が、人により判断が大きく分かれることが多いですね。業界の技術レベルの常識というのが、バラツキがあり、確立されていない為です。何しろ、日進月歩ですから。

3. バイオの成果物を、物質特許、製法特許として、見てみると、(1)新規な特性を持った生物そのもの、その遺伝子組替え体については、微生物や細胞の寄託制度、アミノ酸配列表、遺伝子配列表の開示などで、物質そのものを特定化することができます。なお、植物については、別途、種苗法でも定めています。(2)生物の一部で、細胞などから分離、純化、変化させたもの、抗体や酵素など、については、遺伝子配列表、アミノ酸配列表、機能の理化学的性質などで特定化できます。(3)生物の機能を利用した人工的な物質、例えば、合成された生理活性ペプチド、バイオセンサーなどは、従来の化学物質と変わりません。なお、用途特許としては、バイオとして、特別なことはありません。しかしながら、さらに、物質の構造を見ると、生体物質の基本構造の部分とその物質が発揮する機能や作用の効果の状況の境界線が不明瞭になりやすい。各国により特許の権利範囲を決める均等法の解釈が異なり、広く解釈するところと狭く解釈するところがあり、一律でないところが、バイオ特有の問題かもしれません。よく、訴訟問題になるところです。                    米国Genentech社のヒトt−PAのアミノ酸残基バリンとメチオニンの相違が焦点の判決で、大阪高裁は、国内で初めて、積極的な均等論の適用を認めたことは、大きな衝撃を与え、その後、日本のバイオビジネスに大きな影響を与えました。 (控訴人:ジェネンテックインコーポレイテッド、被控訴人:住友製薬株式会社)

4. 医療行為の特許は、国により対応が異なり、日本の特許制度では、人間を手術する、或いは、治療するなどの行為は、特許権の対象とはなりません。その理由は、医学研究は、営利目的ではなく、人道的な行為であるとの崇高な見解です。他方、すべてがビジネスの米国では、このような医療行為の特許は、すべて、認められます。欧州では、日本と米国の中間的な立場を取っています。このように国際的に足並みが揃っていませんが、次第に、調整が行われるものと思われます。この関係でのアイデアや新しい治療方法が思いついたら、とにかく、米国に出願するのが、よさそうですね。

5. 標的分子からリード化合物探索の新しいスクリーニング方法の特許、リーチスルークレーム(この方法でまだ見つかってもいない物質まで包含する先取り特許)ですが、これも、国際的に足並みが揃っていません。「バイオ特許の実務」辻丸光一郎 p208-213参照。 ただ、物質が特定されていないなど明細書の実施例から同業者が、トレース出来ないことが明らかな場合、要件不備で、特許にはならないと言えます。先取りの部分は、却下されるということです。フライングは、どの世界でもいけません。

6. 次に、バイオ研究者の皆さんに非常に身近なリサーチツール特許です。コロンビア大学TLOは、リチャード・アクセル教授らが発明した動物細胞に複数のDNA分子を導入する技術で、大きなライセンス収入を得ています。日本のあちこちにTLOが出来た元でもあります。身近なところでは、例えば、新しい抗体を用いた測定方法、改良した電気泳動方法、何々の測定のためのマイクロプレートなど、日頃の研究を進めている中で、開発されたアイデアを特許にしたものです。これらの技法を用いて、第三者が、新しい医薬品を開発することに成功したとしましょう。また、研究者が、すばらしい研究成果を挙げたとしましょう。特許出願人である研究者は、当然、その方法が無ければ、達成できなかったと主張し、特許実施許諾交渉をして、その対価を要求することができる訳です。しかし、反面、その方法だけで、開発できた訳ではなく、開発者の選んだ対象物や膨大な実験回数やデータ解析の賜物で、成功したのです。おまけに、本当に、その開発に、その技法がどこまで利用されたのかが特許出願人には、開示されること無く、分かりません。現在、ガイドラインでは、このような広く使用される技術や手法は、学術、科学の発展に大きく貢献するものなので、特許がその妨げになってはならないという考えで進んでおります。したがって、学術研究目的のツールの実施に対しては、特許の対価を求めない。産業に関与するツールの実施に対しては、特許の対象とするが、対価は、公的な研究機関に求めない、企業にも合理的な対価にとどめる、というところに落ち着いております。
総合科学技術会議 資料1-1総合科学技術会議 資料1-2

7. それでは、一部の研究用途に限られ、特許の費用に見合う市場が形成されない場合は、どうすればいいのでしょうか。また、組み換え微生物やベクターなど、複製可能なものの無制限な拡散を防ぐにはどうすればいいでしょうか。簡単です。開示しない、或いは、門外不出とするのが一番です。昔からの秘伝です。最近、企業の工場も、従業員に、工程ごと担当させ、全体の工程を見ることができないように管理するようになって来ました。しかし、そうした中で、開示が必要な場合には、Material Transfer Agreement (MTA) の契約書を結び、開示、或いは、組み換え微生物やベクターを、有償或いは無償で、供与することにします。これは、国際的に、経済スパイの防止にもなります。  又、自分の管理の下、積極的に、開示、供与していきたい場合やMTA契約や物の提供がわずらわしい場合は、その専門企業、例えば、技術を持ち、信用できる東洋紡さんに秘伝を伝え、そこから販売してもらうことがよいでしょう。(引き受けて貰えるかどうかは、責任持てません。)

 以上が、バイオテクノロジーの知財に特有のことでしょうか。参考になりましたでしょうか。その他、少し、気になるところを追記します。

 国内優先は、果たして、有効な手段となりうるかというところです。国内優先とは、ある事例で、特許を出願し、その後、追加の事例で、より大きな概念での特許に権利範囲を広げるというもので、有効な手段と言われております。しかし、初めの特許が(1年3ヶ月後)消滅し、後の特許が、初めの特許出願日に遡及せず、後の出願の日付で、効力を発揮することになるのです。この両者の間に第三者が同じ内容で特許出願した場合、後願になってしまう恐れがあります。請求項ごとに審議されますので、詳しくは弁理士さんに相談ください。電車の優先席とは、違いますね。

 特許は、見えない相手と情報戦をしている知的なゲームです。決着がついてみれば、お互い研究者同士、当時のそれぞれの内情を語り合えるときが来ることでしょう。

 次回は、最終回です。特許関係の契約についてお話ししたいと思います。 

★今月の参考図書


工業所有権法逐条解説  特許庁
バイオ特許の実務  辻丸光一郎 (財)経済産業調査会
バイオテクノロジーの進歩と特許  (財)知的財産研究所
遺伝子ビジネスとゲノム特許  日本感性工学会・IP研究会 (財)経済産業調査会
構造生物学  倉光成紀、杉山政則編 共立出版 蛋白質の特許戦略
TLOとライセンス・アソシエイト 渡部俊也 隅蔵 康一 (株)ビーケイシー

(昼休みのベンチ)
2007年12月掲載

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