「昼休みのベンチI」 第2回

『バイオ研究者の知財戦略−アイデアの作り方からその活かし方-』(第2回)  <2007年6月>

   知らない繁華街で、大好きなラーメンを食べようと店を探そうとすると、なかなか、見つからない。時間がない、焦る。やっと、見つけて食事を済ませて見ると、その後、やたらにラーメン屋の看板が目に付き、なーんだ、もっとおいしい店があったかもと思うことがありませんか。それぞれは、まったく違った看板で、「広東ラーメン」「和風中華」「中華そば」など、文字もデザインも違っているのに関わらず、すぐに目に付くのです。これは、眼で認知しているのではなく、脳でラーメンという概念を認知しているためです。これは、普段、意識していないことでも、「早くラーメン屋を見つけなければ」と強く意識することにより、そのことが、深く印象付けられることのようです。視覚での文字や絵の同一性でなく、脳で、あいまいさをその概念で認知している訳です。これは、コンピュータでは、困難ですね。脳のあいまいさの素晴らしいところです。

   今回は、「アイデアのつくり方」(James Webb Young著)の第二の工程、頭の中に蓄積された記憶(思い出す出さないは別)と蓄積した収集情報に、脳の中で手を加えることについてお話しします。アイデアは、既知の事象の新しい組み合わせに過ぎないのです。手を加えることとは、新しい組み合わせを模索するということです。

   発明王エジソンは、「私自身は多くを盗んだ。だが、私は盗み方を知っている」と言っています。彼は、「個別技術の複合」新しい組み合わせを考え、それに適した「材料」を選び、実験を繰り返し、「観察」することによって、改良を重ねた、努力の人(1%の閃きと99%の汗)と言えます。やはり、アイデアは、既知の事象の新しい組み合わせに過ぎないのです。

 あるテーマを思考していると、ラーメンの看板と同じように、やたら、そのテーマばかりに関連したことが目に付き、優先的に思い起されます。寝ても醒めても、頭から離れない状態です。また、これまで、関連を意識していなかったことでも、連想して、ひとつのイメージに統合されて、印象付けられます。強く意識すれば、頭の中で組み換え、組み合わせが始まるのです。細胞融合と同じ?でしょうか。

   アイデア会議では、こうした、頭の中に蓄積された記憶と蓄積した収集情報を脳内で、意識的に組み合わせるように仕向ける方法が使われます。

(1)ブレーンストーミング: 何人かが集まり、あるテーマをめぐって、既成概念にとらわれず、自由奔放にアイデアを出し合う会議形式の一種です。アレックス・オズボーンによれば、“ブレーン(頭脳)で問題にストーム(突撃)すること”とのことです。突撃だけでは、会議が論争で終わることになってしまいます。必ず、ボードに、書くようにすることで、ある方向と前進が見えてくるようになります。

(2)KJ(川喜田二郎)法: アイデアや意見、または各種の調査の現場から収集された雑多な情報を1枚ずつ小さなカード(紙キレ)に書き込み、それらのカードの中から近い感じのするもの同士を2、3枚ずつ集めてグループ化していき、それらを小グループから中グループ、大グループへと組み立てて図解していきます。こうした作業の中から、テーマの解決に役立つヒントやひらめきを生み出していこうとするものです。

(3)「連想ゲーム」: これは、NHK番組でおなじみですね。頭の中で思いついたことをメモに書き留めていけば、いいアイデアや連想が浮かびます。
などがあります。会議のルールでは、自由な発言をし、決して、他の人の発言を抑えたり、批判してはいけないとあります。それは、楽しい雰囲気でないと、強く意識することを妨げ、連想の糸を遮断してしまうからです。

(4)「マンダラート」: 加藤昌治氏が、「考具」(阪急コミュニケーションズ)で紹介している「マンダラートMandal‐Art」は、一人でもできる楽しい方法ですので、紹介しましょう。(デザイナーの今泉浩晃さんが開発されたそうです。)

  一枚の紙(B5かA4)の紙を用意してください。そこに、縦横それぞれ等間隔に2本ずつ線を書きます。そうすれば、9つの窓が出来ます。その真ん中の窓に、貴方が今取り組んでいるテーマを書きます。例えば、「記憶はどんな物質で、どんな分子構造になっている?」という課題を真ん中の窓に書きます。そして、その周辺の窓に、その答えや解決できそうな手がかりを書いていきます。ここでは、思いつくまま書いてみました。「視覚の記憶と聴覚の記憶とでは、どう違う?」「シナプスの数と構造の再生と破壊を調べる」「海馬の短期記憶と大脳皮質の長期記憶で、共通していることは?」「実験動物は、線虫、マウス、サル?」「夢での映像断片は、いくつの場面単位で構成されていた」「幻覚剤の作用機構は」「獲得免疫機構が記憶のモデルにならないか」「思い出そうとする意識は、始めに脳のどこの、何に作用する?」などと8つの窓が埋まるまで考えます。


  この過程で、頭の中に蓄積された記憶と蓄積した収集情報を脳内で、意識的に組み合わせる作業をすることになります。すべて、埋まったら、その窓の中で、良さそうと思われる解決法を真ん中の窓に書きます。同じようにして、その方法からさらに具体的な解決方法を周辺の8つの窓に書いて埋めていきます。これを、はっきりとしたイメージが浮かぶまで進めていくことによって、アイデアを生み出していく方法です。こうして、強制的に、空欄を埋める意識を脳に指令することにより、連想的に、新しい組み合わせを強いる方法です。グループですると、もっと効果的になるでしょう。「記憶はどんな物質で、どんな分子構造になっている?」の課題に対する多くの脳科学者の回答は、簡単に言えば、「記憶は、神経細胞のネットワークの固有のパターンで、保存され、その可塑性の強弱で、維持、編集され、或いは、消失する」とのことのようです。しかし、この課題は、まだまだ、奥が深そうです。
 
   以上は、連想することにより、組み合わせを模索する方法です。

 もう1つの方法に、ものの見方による新しい組み合わせを模索することがあります。左図をご覧ください。有名な「若い貴婦人」の横顔の絵です。・・・と言われると、貴婦人に見えてしまいます。何もその後、情報が無ければ、いつまでも、そのままでしょう。あるとき、いや、老婆の絵ですよと言われて初めて気づくことになります。私どもの脳は、視覚からの情報を、自分の了解?も無しに、勝手に解釈をして、都合の良い方に、思い込ませてしまいます。もっとも、エッシャーのだまし絵では、私の脳は混乱したままですが。

  養老孟司氏は、テレビ放送は、カメラの一視点からの情報画像の提供であって、事実を伝えていないと言い放っています。人は、個人の五感で感じ取った(電気信号の入力)を、脳で加工し、言葉や図で表現します(出力)が、それは、視点や環境によって、さらには、その人の脳の過去の記憶情報により、さまざまに解釈できる訳です。既存の「若い貴婦人」とは、違った「老婆」の見方を見出そうとする思考が、アイデア作りに大事なようです。1つだけ、付け加えて置きます。貴方の大切な人は、どこから見ても、若い貴婦人、或いは好青年にしか見えませんので、それ以上の思考は、控えてください。

   では、次回、又、お目にかかりましょう。

★今月の参考図書 -1-

『創造力を生かす』
  A.オズボーン 著
  創元社

★今月の参考図書 -2-

『発想法―創造性開発のために』
  川喜田二郎 著
  中央公論新社

★今月の参考図書 -3-

『考具』
  加藤昌治 著
  CCCメディアハウス

 

(昼休みのベンチ)
2007年6月掲載

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