「再四 西海岸。の風に吹かれて」 第34回

第34回 分子「白紙」学  <2012年7月>

   みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西日本の西海岸地方に住む一地方大学教員です。

 エッセイは本業ではないので、夜か休日に書くのですが、今回の原稿は、7月1日の日曜日に書いています。新聞の題字下には、半夏生(はんげしょう)の日とあります。私の住む地域近辺では、この時期になぜか焼き鯖を食べることになっており、脂ののった鯖を食べて夏を乗り切る土用の丑の日のウナギみたいなものなのでしょう。うどんや、たこを食べる地域もあるそうです。この頃に降る雨を「半夏雨」(はんげあめ)といい、大雨になることが多いと言われているそうですが、そのとおり本当に今日は大雨でした。梅雨のさなかですから、不思議ではないとはいえ、言い伝えというのは、大事にすべきでしょう。私のワープロでは、はんげしょうと打っても、最初、「半化粧」としか出なくて誤変換と思いましたが、片白草(カタシロクサ)といって葉の片面だけがお化粧したように白くなる草の別名でもあるようです。

  さて、今回は、白化粧とは関係ないのですが、分子「白紙」学です。昨土曜午後、筆者の職場とは別の大学に勤める友人に誘われて、「公開講座」を聴講してきました。金曜夜に電話がかかってきて、飲み会のお誘いかと思えば、「聴講生があまり集まらなくて・・・」との集客です。「風に吹かれて」を看板に掲げている筆者ですから、どこにでも飛んでいきます。身軽に二つ返事で引き受けてというところですが、内心、土曜に書く予定だったのにノーアイデア(西海岸方言訳:脳内白紙)だった今回のエッセイのネタ集めという、サモシイ根性もあったと「白」状せねばなりません。

  大学の「公開講座」といえば、通常は、大学のセンセイが、ボランティアで、地域市民や高校生など一般向けに、最新の研究内容などを分かりやすく講義あるいは講演するというのが相場ですが、どうしても、「教えてあげましょう」というスタイルになりがちです。今回の「講師」は、この大学の大学院で「博士号」をとった工学系のポスドク数名が、それぞれの研究内容を紹介するというものでした。「教える」というよりは、自分のやっていることや自分自身を知ってもらおうという「売り込み」のトレーニング場でもあります。

   博士というと、昔(明治時代?)は、「末はハカセか大臣か」と言われたくらい稀少価値があったようですが、今や、大学院博士課程修了者は毎年5,000人以上いるのに、大学教員の採用数は2,000人前後らしいですから、大半は、大学などのアカデミック教育研究機関以外での民間の研究職などを目指さざるを得ません。それで各大学ともポスドクの企業への就職を支援するのに工夫してます。今回の講師陣も、「企業で働く博士」を目指してキャリアを積むプログラムに属しており、その研修の一環で一般「素人」向けに、研究をわかりやすく説明する機会を持ち、コミュニケーション能力を向上させることが目的のひとつになっていました。最近は、博士は、ハカセではなくて、「はくし」と呼ぶのが通例らしいので、今回のタイトルを分子「白紙」学とつけました。研究内容が白紙なのではなく、これからのキャリアを「白紙」に描いていくスタート地点に立っているといえばよいでしょう。

  今回の演者たちも、博士課程修了後、5年間ポスドクやっている人から、今春博士課程を修了したばかりの人や、韓国からの留学生で日本での就職を目指す人など、34歳くらいまでの若手です。「雪道の路面凍結」「土壌塩害のメカニズム」「リチウム電池」「導電性繊維」など、日常生活に近い話題から、先端のものづくりまで、難解な数式や化学反応式などはほとんど使わず、解説してくれました。むずかしい話をむずかしいままで話すよりは、噛み砕いて易しく話す方が、よほどむずかしいのですが、全員、そこそこ、無難にこなしており、60代から70代くらいの老々男女が中心と思われる聴衆からの質問にもそつなく受け答えしていました。おそらく企業での就職インタビューだと研究所の幹部や研究員相手で、当然、学会発表レベルの専門的な話になると思うのですが、企業でも総務や人事の担当者は、科学的な訓練を受けていない人が多いので、そういう方々に人柄も含めて知ってもらうことをも想定すると、よい機会だったのではないでしょうか? 韓国出身の方も高校生時代から日本留学を目指して日本語の勉強をしていたそうで、来日して数年ですが、実用レベルの日本語を話していました。また経歴に大学時代に2年間の兵役があった点は、徴兵制の国を隣国としている点をあらためて意識することになりました。

   私自身は、博士号をとってから、大学でも企業でも勤務経験がありますし、特に、欧米の企業研究所では、むしろ、管理職クラスは、最初から博士を雇うのが通例ですし、そういう場にも身を置きましたから、民間で働くことに、「今となっては」違和感を持ちませんが、大学時代の同級生でも、民間企業には修士課程を出て就職し、数年後に大学に費用を企業負担で戻って論文博士を取るというパターンが多かったですので、最初からアカデミックポストを目指していた人が、博士号をとった直後に企業に就職するのは、本人にとっても企業にとっても、未知への挑戦かもしれません。でも、「未知」に挑戦しない研究者というのも自己矛盾がありますので、働き方の多様化という点でも、新しい試みでしょう。


   また、私自身も大学に勤めていても、自分の受けてきた教育とは様変わりした現在の大学院博士課程の教育内容や、そこで抱えている課題を再認識するよい機会となりました。高校で進路指導する先生方や、これから、大学受験の子供などをお持ちの方なども、こういう場で、最近の大学のひとつの姿を観察されるのもよいと思います。

   大学でも、最近は、客員教員とか特任教員、特命教員など、様々な名称で、任期が1,2年から数年などと短期に限定された教員が増えてきました。定年退職後の教授や企業出身者が、一部の講義だけボランティアまたはアルバイト的に受け持つ場合は客員教員、人件費を含む外部研究資金が取れた場合に採用される場合は、特任教員などと呼ぶようです。特命教員というのは、私の勤務先にはいませんが、他大学では、研究教育の義務を負わずに、産学連携や人材育成など、学内組織の事務職員や教員だけではこなせない専門業務を受け持つための、まさに「特命」を帯びた教員のための呼称とする場合があるようです。

   私を、この「公開講座」に誘った友人も、まさに、この特命教員であり、企業での研究所勤務や営業、管理職を含む経験と博士号を生かして、今春より転身して、新しいスタイルの「博士」を育てるために奮闘しています。みなさんも、どうかお元気で。

(西海岸。)
2012年7月掲載

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