「再三 西海岸。の風に吹かれて」 第25回

第25回 分子「再三」学  <2011年1月掲載>

  みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西日本の西海岸地方に住む一地方大学教員です。前回は、今年の冬の訪れは早そうと書きましたが、しっかりとホワイトクリスマスを経て、雪の年末年始を雪かきで筋肉を痛めながら過ごしておりました。雪国育ちでありながら、スキーもたしなまず、留学先は、雪の降らない冬が過ごせるようにと、米国西海岸を選んだ「西海岸。」ですが、皆さま、新年いかがお過ごしですか? エッセイも、またまた年を越しましたので、2011年度の通年タイトルを「また」から「再三」に変えてみました。そして、分子**学タイトルにも同じ「再三」を活用して、分子「再三」学としました。分子「再生」学の誤植かも?と目をこすったあなたは、発生学か再生医学の勉強のし過ぎかもしれません。ここでは、勉強は忘れましょう。

  個人的に2010年の記憶に残ったニュースとして、偶然にも33と3の数を重ねた出来事が続いたので、「再三」にこだわってみます。まず、英国のある機関が発表した「世界大学ランキング2010」という指標に日本の33大学がランクインしたそうな。全世界600大学のうちの33を多いと見るか、少ないと見るかは別として、ノーベル賞受賞者を輩出する大学は、ある程度高くランクされるでしょう。以前、本エッセイの第3回分子「徘徊」学で紹介したことのある遠藤章博士は、客員教授をされているある大学で、「もしも」ノーベル賞受賞した際に備えて記者会見の準備がされていましたが彼の生年が19「33」年だったのです。

 次に、バイオとは、あまり関係なさそうですが、秋のうれしいニュースとして、チリの落盤事故から奇跡の生還を果たしたのは、33人の作業員でした。

  そして師走には、元素番号33番のヒ素を利用して生きる細菌発見のニュースが大々的にテレビ、新聞等のマスコミで、「宇宙生物学」上の大発見として報じられました。このニュース、私には、「宇宙」というよりは、「夢中」生物学の実験としか思えなかったので、少しばかりコメントしておきます。

  このニュースは、リンの代わりにヒ素を「食べて」生きる細菌を発見したということで生物学上の常識を覆したとのことです。報じられたのは12月3日で、日本では、結構、ブログ執筆でも活発な有名生物学者等も、絶賛していましたが、新聞記事では、どうもよくわからないので、インターネット経由でScience onlineのコピーを取って原論文を読むことにしました。翌週12月6日、ちょうど神戸での生化学会と分子生物学会の合同大会に行く途中で読むつもりで高速バスに乗り込みました。3ページほどの短い論文です。画期的な発見ほど短い論文で報じられるのは、DNAの二重らせん構造のワトソン・クリック論文の例があり、珍しいことではなく、ざっと読み終えましたが、微生物学が専門でない筆者でもすぐに違和感を感じました。カリフォルニアの有名な景勝地ヨセミテ近くのヒ素濃度の高いモノ湖で採集した微生物の増殖培地をリンを含まない培地で、順次、ヒ素濃度を上げながら継代培養したと書かれているのですが、その(リンを含まない)培地中には、なお、3マイクロモルのリン酸が培地組成の塩由来のコンタミとして残っていると記載されているではないですか? なんのことはない。この「ヒ素で生きる微生物」の生命は、低濃度とはいえ、無視できない濃度のリン酸で維持されており、単に高濃度にヒ素が存在していても、ヒ素に耐性を持つだけとしか私には読み取れませんでした。とすると、この広い宇宙のどこかには、「リンの代わりにヒ素で生命を維持する生物がいるかも」という「SF夢」のような話の前提が成り立ちえません。

  学会初日午後の企業展示ブースで、本エッセイの編集や軽妙な挿絵を担当してくれている東洋紡のK氏に会ったので、この一番の疑問を彼にも話しておき、次回の「西海岸。」は、ヒ素にちなんで、なにやら怪しげな分子「悲惨」学か、それとも噂がうわさを呼ぶ分子「飛散」学とでもしようかと予告しながらコピーも渡しておきました。彼もATPやリン酸化酵素など、どうなっているんだろうと疑問に思っていたようです。学会で、こういう極限環境微生物についてなにか関連のありそうな発表でもあれば聞いてみようと思いつつも、大学の都合で、学会は初日の7日のみの滞在で、確認はできませんでした。今となって、新年早々のタイトルとしては、ちょっと暗いなと思い直して、「再三」学としたものです。

 が、その後、ウェブ上では、やはり、この「画期的発見」に疑問を呈する話題
が出ていました。なかでも、以下のコメントは、他の研究者により論文発表の翌日にブログとして出された批判ですが、原論文よりはるかに科学的に明快な見解を述べているように思います。今回の論文は、いわゆる論文の被引用度(インパクトファクター)が高いScienceという有名科学誌に発表されたものですが、本論文の査読が、もし、上記ブログの筆者に回されていたら、採択されていなかったでしょう。もちろん、雑誌の一般的な評価と、個々の論文の評価は別物です。学生時代に、論文を読む際には雑誌名や研究室名に惑わされてはいけないということを叩き込まれました。今回はNASAというビッグネームが記者会見し、世界中の話題を呼ぶ論文を採用したいScience編集部の意向もわからないではありません。

  ところで、3マイクロモルのリン酸濃度というのは、コンタミとしても、どうにも高すぎる濃度と思い、このエッセイ執筆のために、たとえば「海水中のリン酸濃度」はどれくらいと検索してみると、たとえば、以下のようなサイト(※現在は表示されません)で、「海水中のリン酸濃度は0.001mM」と出てきます。なんのことはない、もしも、3マイクロモルのリン酸濃度で生きられない微生物がいたとするならば、海水中でも生きられないことになります。水道水中のリン酸濃度はもちろんはるかに低いのですが、もし、それで微生物が生きられないなら、水道水滅菌の必要性もなくなります。

  研究者にとっては、教科書を書き換えるかもしれない「夢のような大発見」です。他の研究室による厳密な追試と、疑問に答える詳細な続報を待ちたいものです。私の年代の記憶にあるレトロなテレビ番組風のコメントで言えば、また「夢で会いましょう」。

(西海岸。)
2011年1月掲載

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