「続々:西海岸。の風に吹かれて」 第15回

第15回 分子「散歩」学   <2009年5月>

 みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西海岸というとアメリカと思いがちですが、陽光輝くカリフォルニアにて一時過ごしたのは、はるか昔の事で、現在は日本の西海岸在住の某大学教員のペンネームです・・・。 

 さて、分子「**」学のシリーズで続けてきたエッセイですが、今回は分子「散歩」学です。前回は、 「銅走」で走りましたが、この原稿を書いている今は、GWのさなかで、新型インフルエンザの騒動を避けて、遠出などせずに、散歩するにはよい季節です。前々回の分子自伝学では「ヒトゲノムを解読した男−クレイグ・ベンター自伝」(化学同人)を紹介しました。今回は、書名に「自伝」と銘打ってはいませんが、日本人医学研究者による「研究人生の回想」本を紹介します。

 ほんとうにすごい!iPS細胞岡野栄之(ひでゆき)著 講談社 です。初版発行日は、2009年4月17日で、「西海岸。」は、たまたま、その当日に書店の新刊コーナーで見つけて、しばらく立ち読みしてみて、あとで述べる二つの理由で「西海岸。」向きだとばかりに衝動買いしました。書名だけ見ると、科学ジャーナリストが、iPS細胞ブームに便乗して、*の下のドジョウ狙いで出した本のようにも見えますが、著者は、現在、神経再生研究で世界の注目を浴びている慶応大学医学部の現役教授です。「回想」記を書くには、まだまだお若い50歳ですが、iPS細胞に関しては、京都大学の山中教授といち早く共同研究を開始されており、関係のシンポジウム、セミナー等では必ずといっていいほど、お見かけしますので、iPS細胞研究の解説者としては適任でしょう。「西海岸。」が岡野教授をはじめてお見かけしたのは、第7回(分子「リセット」学)で紹介したiPSシンポジウム会場だった気がします。英語での講演があまりに流暢で、てっきり、欧米生活がよほど長いか、帰国子女かと思っていました。しかし、本書で29歳まで海外に出たことがなくて、アメリカ留学も2年間のみの経歴と知り、びっくりです。しかも、岡野研のHPには、ご本人の揮毫と思われる達筆の看板が掲げられ、うーむ、多才。

  本の形式としては、著者が、小学生の息子さんと出勤前の日課にしている犬の「散歩」がてら、iPS細胞などを題材にしての会話を基調に、再生医療、脊髄損傷治療などの解説をしながら、ご自分の生い立ち、研究者を志した理由、これまでのキャリアの変遷を「回想」するものとなっています。休日の朝に書斎で論文を書いているとコーヒーを淹れて運んでくれる中学生くらい?の娘さんとの会話や、基礎医学と臨床の狭間で悩む著者にアドバイスする奥さんも登場。したがって、内容は最先端で高度ながら、小学生はともかくとしても、ちょっと知的に背伸びした中学生や高校生にも手にしやすいようにと工夫されているようです。

  ただし、数十人の研究スタッフをかかえて世界相手に研究にしのぎを削っている著者が、この本を自ら「執筆」する時間はなかったでしょうから、「語りおろし」という製作手法でしょう。目次に、小さな活字で、ライター 高木香織と明記されていますし、あとがきにも、(実際に行った言動ではない記載も多々ある)と断り書きがついていますから、やはり、実際の「執筆者」は、高木さん。おまけに「校正者」の名前も載っています。政治家やタレントの書いた本だと、こういうゴーストライターの名前は絶対に表に出ませんが、プロジェクトを組んで論文は連名が基本の理系研究者としては、良心的な本作りの姿勢といえるかもしれません。岡野先生が留学したジョンズホプキンス大学の所在地州名が、カリフォルニア州(本当はメリーランド州)ボルティモア市とされているのも、「西海岸。」受けのするもので、これが、本書購入のひとつの理由。この箇所は、いずれ、増刷時には訂正されるでしょうから、珍本・稀覯本マニアの方は、書店で、奥付と210ページの該当箇所を確認してからの購入をお勧めします。
  
   以前、第二回の分子「和独算」学で、junなど、日本語由来の遺伝子名の話題に触れましたが、本書では、一つの毛穴から二本の剛毛が生えているショウジョウバエのミュータントにちなんで二刀流の宮本武蔵になぞらえた「ムサシ遺伝子」やら、「サトリ(悟り)遺伝子」(オスが交尾をしない変異体らしい)のエピソードも出てきました。iPS細胞とは直接の関係なく、著者の神経発生学研究の材料にショウジョウバエを利用した流れでの登場ですが、これが、「衝動買い」につながった第二の理由です。こういう乗せられやすい性格の「西海岸。」には「SHODO」遺伝子なんていうのが活性化されているのでしょうか? ところで、本書では触れられていませんが、この「ムサシ遺伝子」の産物の「ムサシたんぱく質」には特許もとられているようですが、どうも、毛生え薬や精力剤になるという訳ではなさそうですね。

   また、「散歩」がてらの道草になるかもしれませんが、他のグループの成果である「サトリ遺伝子」の論文出版にまつわる生々しいエピソードは、このサイトで、ぜひ、どうぞ。(※元々掲載していたサイトは現在、存在しません。内容は異なりますが、ご参考まで こちらのサイト12 をご覧ください。)

   では、ちょっと、散歩に出かけます。また、お会いしましょう。

(西海岸。)
2009年5月掲載

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