「西海岸。の昭和!実験奮闘記」(続西海岸。の風に吹かれて) 第9回

第9回 分子「風立志」学  <2008年5月>

  みなさん、こんにちは。「西海岸。」です。西海岸在住の某大学教員の仮の名前。といっても、アメリカではなく日本の西海岸ですが・・・。 今回は分子「風立志」学です。どう読むかというと、ちょっとこじつけが強いかもしれませんが、フーリッシュFoolishのつもりです。アップル社を立ち上げながら一旦会社を追われ、ふたたびCEOに返り咲いた、まさに波乱万丈の人生を送っているスティーブ・ジョブス氏が2005年6月に米国スタンフォード大学卒業式の来賓として行った短いスピーチの結語”Stay hungry, Stay foolish”のfoolishからとらせてもらいました。3年前の講演ですが、私はつい最近、ネット動画で、そのスピーチを聞くことができて、爽やかな感動を覚えました(字幕がついていたおかげもあるのですが)。

  スピーチの内容は、ぜひとも、みなさん各自の目と耳で確かめていただくこととして、私なりに、意訳(どこかの翻訳小説専門出版社風にいえば超音訳?)したのが、この「風立志」です。「風に吹かれて(も?)、志を立て、生きていこう」と言えばよいかな。私自身、スタンフォード大学のある街Palo Alto市には1990年ごろ1年足らずでしたが、客員研究員で籍を置いたことがあり、自転車通勤でしたので、まさにカリフォルニアの乾いた風に吹かれていた頃を思い出しました。彼の話の中に、未来のことはさておき、過去は点と点でつながるという話がありました。大学を退学したおかげで、マッキントッシュの美しいフォントが生まれたなどと、まさに「風が吹いたら桶屋が儲かる」を地で行くようなエピソードがちりばめられています。と、今回はともかく「風」にこだわってみます。

  スピーチと言えば、先日、前職で部下だったF氏の結婚披露宴に呼ばれ、来賓祝辞なるものに指名されたのですが、F氏も私も研究所閉鎖で職を失った転職組なら、乾杯の音頭をとったF氏の現上司O氏も、その数年前に他の会社で同様の目にあった転職経験者で、しかも、そのときのO氏の部下L嬢が、縁あって私の部下になり、同僚のF氏をO氏に引き合わせて、というややこしい縁でして、その時の私のスピーチ結語は、「結婚も転職も一度はしてみるものだ。」

    さて、桜も散り薫「風」の5月です。これを書いているのもGW連休の谷間です。昨今あまり聞かなくなったような気がしますが、私が大学生だった頃は、この時期5月病というのが流行りました。受験戦争を乗り越えて新環境への適応に緊張した一ヶ月を過ぎ、ほっと一息ついた頃に一種の虚無感におそわれるのでしょうか、なんとなく、元気がなくなってしまう。今の学生はどうなのでしょう。教員の側も、この時期、取らぬ狸の皮算用をしっかりしていた科研費の採択が思ったようにいかないほうが確率的にも人数も多いのですから、いずこも作戦の練り直しです。昨今の大学といえば、やれ法人化だの、外部資金獲得競争だのと経済原理に則ってというか乗っ取られてというか、お金の話に終始しているような気がしてなりません。文部科学省も全国大学トップ30の科研費採択額や採択率のランキングをHPで公表し、せっせと大学間競争を煽ります。国際競争を考えたら国内で一番とかトップ10とか無意味と思いますし、そうこうするうちに、大学にも国境を越えたM&Aの波というかツナミは確実に押し寄せてきます。今後、外国資本に買われる大学が続出してもおかしくありません。学長さんの首が真っ先に飛びます。ジョブス氏の言わんとするところとは違いますが、その時、Stay hungry, Stay foolishとクールに言い放つことができるか。もちろん、研究者や教員とて仙人ではないのですから、お金に無欲恬淡とばかりはしていられませんが、そもそも、金銭的ハングリーがいやだったら、最初から研究者の道は選ばないだろうし、飽くなき未知への探究心としてのハングリー精神を失ったら、やはり研究者としてなりふり構わず(foolish)に志を継続(Stay)すること叶わないのですが。

   昔、大学院を出た頃、選ぶ道がいくつかありました。ポスドクとしてアメリカに渡るか、地方大学の助手に採用されるか? 指導教授の推薦もあり、両方からオファーをもらえて選択の余地はあり、結果的には、早く決まったほうの地方大学に勤めました。外国での研究生活を経験するのは35歳になってからです。若いうちのほうがよい修行になったでしょうが、遅すぎた訳でもない。年齢のことはさておき、人生に、「もし」、はないのですが、「もし」、あの時ポスドクになっていたら、どうなっていたでしょうか?その時に指導者となっていたはずの人とは、とうとう今まで会う機会を逸しましたが、その後帰国して、学会でも重要な地位につきながら、先年、思わぬトラブルに巻き込まれるなどとは予測できませんでした。最近、いわゆる名のある大学で研究者・指導者の不祥事などの報道が相次ぎますが、不正は、昔より増えたのか、昔はただ闇に葬られて報道されなかっただけなのかはわかりませんが、こういう本物のFoolishは、あまりいただけません。

  読者の中には、学生さんも、研究職の方もポスドクの方も求職中の方もいるでしょう。昔は、博士号をとれても就職できないことをオーバードクターと言っていたのですが、昨今は、それが、オーバーポスドクに高齢化してしまったようです。国内でのポスドクのポストが増えた分、博士号を取っても国内にとどまる人が増え、結果的に、外国での武者修行の時期を逸してしまったり、億劫になったりということはないでしょうか。外国がすべていいわけではないのですが、少なくとも自然科学の世界では、国内外の国境の域を越えたところで仕事をしないといけないのですから、同じhungryなら、「風立志」に生きるのもよいかと。

  今回は前置き?の雑文が長く成りすぎました。「実験」奮闘記のはずでしたがね。まあ、どこで仕事をするのかも、どういうテーマで実験するのかと同じようにリスクも背負った「実験」でしょうと、こじつけで終わりながら、今、新しい研究室で、新しい職場で、環境に適応しつつあったり、または、ちょっと、ストレスになりつつあったりする方々に、私からも、私に対してもStay hungry, Stay foolishのエールを送ります。この4月から職場は同じながら、所属組織の名称が変わり、同僚メンバーも増え、居場所にはあまりStayせずに、風に吹かれながら分子「風立志」学を信奉あるいは伝道したい(西海岸。)でした。

(西海岸。)
2008年5月掲載

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