「アメリカ東海岸留学日記」 第32回


 

> 2012年10月 1日 「ソーシャル・ネットワーキング」

   こちらは9月に入るとすっかり秋めいてきます。紅葉も9月中旬には始まり、朝夜は長袖とジャケットが欠かせなくなります。日照時間も夏は夜9時まで明るいのがみるみると短くなり、秋の終わりには5時くらいには真っ暗になってしまいます。10月末のハロウィンに向けて、大きなカボチャがスーパーの店頭に並び、ハロウィン用のキャンディが大々的に売られます。ハロウィンは秋最後のイベントです。それ以降は寒く暗く長い冬が訪れます。気分的にも物理的にもふさぎ込んでしまいがちな冬ですが、ニューイングランド地方の人々はそれを逆手にとってか、仕事に励む傾向にあります 。

    大学では長い夏休みの後、9月1日からさっそく新しいセメスターが始まります。9月は新学年の始まりでもあるので、新入生を含む大量の学部生達でキャンパスが溢れかえります 。街でも新入生の歓迎キャンペーンを行う店がいたる所で見受けられ、フレッシュな空気に包まれます。また夜には新入生歓迎会なのか、深夜までパーティーをする学生達の集団でストリートが賑わいます。そんなウキウキとした学生達がいる一方で、大学職員は9月から講義や大学の雑務で一気に仕事が増えます。教授陣は研究室に顔を出す余裕もないほどの忙しさとなります。
 

   秋から冬までの季節はその上に、アメリカでも学会が目白押しです。日本でも似たようなものだと思いますが、ファカルティは各学会にサイエンス以外の目的でも色々と顔を出さなければなりません。若いファカルティの場合、自分の分野のコミュニティの学会幹事をシニアのファカルティと一緒に引き受けることは一般的です。コミュニティに貢献することで顔と名前を覚えてもらい、仲間にいれてもらうことは独立した研究者として認めてもらうためにも重要だと考えられています。また新しく雇いたいポスドクを獲得するために、その他の学会にも積極的に参加して回る若いファカルティも多くみられます。ラボの知名度がまだ低い間は、待っていても有力なポスドクや学生には来てもらえません。

   そのため、自分から足を運んでリクルート&面接しに行かなければなりません。このようにラボを立ち上げてからの最初の2−3年は、研究発表よりもまずは自分のラボの基盤を固めるためにかなりの時間と労力を割くことが多いようです。一方シニアの研究者は招待講演のオファーが尽きませんし、サイエンス雑誌のEditor-in-chiefや研究施設の長を勤める人々は、たとえ1−2日間でもあらゆる関連学会に顔を出します。そしてそこで自分の雑誌や施設の宣伝をしてまわらなければなりません。みなソーシャル・ネットワーキングに忙しく、なかなかサイエンスをじっくり楽しむどころではないのが現状のようす。
 

   私の場合も今年は就職活動中ということで、口頭発表で顔と名前を覚えてもらい、その後のソーシャル・タイムで色々なファカルティとディスカッションをして回らねばなりません。自分の名前と研究内容を多くの人に知ってもらうことは、就職活動時に面接に呼ばれるためにも、その後ラボを立ち上げることになった場合にも重要な布石となります。日本でも就職するにはネットワーキングは重要だと言われますが、アメリカでもそれは変わりません。もちろんディスカッションできるこれまでの研究成果がなければなりませんが、プロのサイエンティストとしてその分野に関する幅広い見識をもって適切な会話を楽しめることも、同じように重要だと考えられています。シャイな日本人としては、正直、結構気分が重くなってしまいます。 でも一度ラボを立ち上げてラボヘッドになってしまうと、大学内外でもこういったソーシャルな場はどんどん増えるばかりなのが実情です。アメリカのラボヘッドは、感覚的には中小企業の経営者に近いのかもしれません。
 

   一方こういった大きな意味での‘雑務’を嫌い、自分の手で実験と研究を続けたい、という人ももちろんいます。その場合は、ノン・テニュアトラックのサイエンティストやリサーチ・プロフェッサーになるという道があります。日本の大講座制の助教や准教授に似たポジションで、場所や大きな機械はテニュアの教授の物を借り、自分の給料と研究費のみを自分のグラントでカバーするというポジションです。講義をしたり、ポスドクを雇ったり、学生を教育したりしなくて良いですし、ラボとしての経営戦略を考えたり、学会で愛想を振り向いて回る必要も、ラボヘッドに比べれば格段に少なくて済みます。しかし一方で、応募できるグラントの種類も限られ、雇用契約も終身雇用になることはありません。終身雇用制度自体がほぼ無いアメリカでは、雇用条件自体はそれほどマイナス要因とはなりません。しかしビザの必要な外国人には、ビザ申請のために常にグラントを前倒しで取り続けなければならないため、中々厳しいポジションとなります。テニュアの教授職は終身雇用職という意味で、アメリカ社会ではかなり特別なポジションと言えますが、それだけの責任と雑務も自動的に付随してきます。

   覚悟を決めてラボ経営者になるか、実験を自分で続けるためにノン・テニュア職を選ぶか、どちらを選んでもそれなりの苦労は待っています。アメリカでも、学生やポスドク時代がしがらみも無く一番研究を純粋に楽しめる時期だと言われます。年齢の上昇とともに責務が増えるのはどの職業でも一緒だと思います。しかし研究は楽しまなければ良いものは生まれないようにも思います。雑務やソーシャル・ネットワーキングからは逃れない年代にはなっても、それらをこなしつつも、まずはサイエンスを楽しむことを忘れないように心掛けたいと思います。
 

(コンドン)
2012年10月掲載

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