「アメリカ東海岸留学日記」 第27回



 

> 2011年 9月 25日  「ハリケーン」

   今年の8月末、 アメリカ東海岸には大型ハリケーン、アイリーンがやってきました。ハリケーン自体は毎年来ますが、通常はカリブ海に抜けます。アメリカ東海岸本土、特に私の住む最北部のニューイングランド地方までやってくることは滅多にありません。また、今年は例外的に地震も起こりましたが、通常は自然災害自体にお目にかかることがありません。そのため、地元民の中には大人になっても自然災害を全く経験した事がない、という人も少なくありませんでした 。実際に、過去にハリケーンが近くを通過したのが20年以上前、直接ヒットし数百人の死者を出したのは70年以上も前のことでした。その際に川沿いに建設された立派なハリケーン・バリアは、建設以来使われることが無いままでした。おかげで、無用の長物あるいは歴史上の遺物として紹介されていたくらいです。

    私もハリケーンは経験した事がない…、と思ってどんなものかと調べてみました。ご存知の方々もいらっしゃると思いますが、実はハリケーンと台風はどちらも同じ「tropical cyclone」なんだそうです。それを、ハリケーンと台風という2つの異なる名前で呼んでいるだけだそうです。ただ、アメリカのハリケーンの場合は風速により5つのカテゴリー(category5−1 hurricane、数が小さいほど風速が落ちる)にわけて呼び、さらに風速が落ちるとtropical storm、 tropical depressionと呼ぶようになります。 一方、日本ではカテゴリー1 以上のhurricaneを一まとめで「台風」と呼ぶようです。
 

   アイリーンは、カリブ海を通過した時点では、カテゴリー4の強力なハリケーンでした。しかしその後、アメリカ本土に上陸する際にはカテゴリー2までに弱まりました。風速だけ見れば強めな台風と変わりありません。しかし大騒ぎとなった要因の一つは、アイリーンの大きさです。直径が700−1000マイル(約1100〜1600km)で、ヨーロッパ大陸をすっぽりと覆うほどの大きさでした。

   アイリーンの初上陸地は東海岸中南部にあるノースカロライナとなりました。アメリカ東海岸にはその北に、ワシントンDCやニューヨーク、ボストンなど、アメリカの政治・経済・研究・教育を司る重要な都市群が連なります。歴史的なハリケーン被害となることを懸念し、政府は大統領声明を出しました。ニューヨーク市長は、沿岸部の市民にニューヨーク市初めての強制避難命令を出しました。マスメディアは過去のハリケーンによる悲惨な被害の映像を流し出しました。ニュースキャスターは連日緊張した面持ちでレポートを続けました。市民の間ではみるみる不安が高まりました。普段から非常食の確保をしていない市民は、スーパーに走り、水と食料を買い込みだしました。おかげでどこのスーパーも、軒並み非常食と水が売り切れ状態になってしまいました。
 

   日本人である私は台風も地震も経験があるので、パニックになることはありませんでした。しかし、政府やマスコミの対応があまりにも深刻であることや、食べ物が売り切れてしまったことから、つられて少々不安にかられてしまいました。一方で若い人々の中には、「人生初のハリケーンだ!経験しない手はない!」と、避難命令を無視して沿岸部に残る人々も出てきました。先に述べたように、アメリカ東海岸育ちの人々は自然災害の経験がほとんどありません。そのため自然の驚異を具体的に想像することが難しいようです。ちょっとしたアドベンチャー気分で、暴風雨の中、街や海岸沿いを徘徊する人々も出てきました。ハリケーンが去った後も、「もっと大きな被害やダイナミックな暴風を期待していたのに、つまらなかった!」と言う学生も少なくありませんでした。自然の驚異をよく知っている日本人としては、 なんと言ったら良いのか分かりません。苦笑いをするしかありませんでした。

   初上陸地のノースカロライナでは停電や断水が一週間ほど続くという大きな被害となりました。しかしその後は、カテゴリー1に弱まりニューヨークを通過、その後さらにトロピカル・ストームに風速を落とし北西にそれました。そのため、私の街に直接上陸することはありませんでした 。ただ、さすが直径1000マイルのアイリーン、ストームの中心から数百マイルも離れていたにも関わらず、私の街でも一日中暴風雨が続きました。台風一過、街に出てみると、信号機が吹き飛んでいたり、電線が切れて道路に投げ出されていたりしました。また中には、木々が倒れて家や車の屋根を押し潰す光景も見られました。幸い、私の家の周辺は小さな木々が薙ぎ倒される程度で、停電も建物の損壊もなく済みました。
 

   今回のアメリカ政府の対応は、若干大げさな部分もありました。しかし、用心を喚起するという意味では正しかったと私は思います。今年は東日本の震災を皮切りに、日米両方の政府・マスコミの災害時における対応を見比べる機会がありました。あくまで個人的な感想ですが、アメリカの方が非常事態に対して、深刻に物事を捉える傾向にあるように思います。日本は自然災害が多いので、毎回深刻に捉えすぎると、国が機能しないのかもしれません。それでも、今回のハリケーン騒ぎで、死傷者が最小限であったことは本当に良かったと思います。政府は用心するに越したことは無いのかもしれません。

   日本ではいまだ放射能の問題が深刻です。おそらく日本国内よりもむしろ海外の方が深刻だという印象を持っていると思います。現在でも、アメリカのマスコミでは日本の放射能漏洩は深刻・危険な状況として紹介されます。そのため、多くのアメリカ人や外国人が日本に行くことを避けているのが現状です。一番の問題は、日本政府の‘安全レベル’とアメリカ政府の‘安全レベル’が大きく異なることなのではないかと思います。国際化社会の現代、非常事態における危機管理基準にも、世界的なスタンダードがあると良いのかもしれません。少なくとも、混乱や誤解を避けることができるのでは、と思います。
 

(コンドン)
2011年10月掲載

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