「アメリカ東海岸留学日記」 第12回


 

> 2009年 2月 27日  「不景気」

 アメリカは現在、空前の不景気です。一般企業に勤める人々はもちろん、手に職を持つはずの弁護士や税理士でさえ大量に解雇されています。私はまだこちらで友人が多い方ではありません。それでも過去半年の間に解雇された近しい友人とその家族を数えると、5人以上になります。友人の友人までいれれば軽く数十人は超えます。みなそれぞれ、高等教育を受け、プロフェッショナルとしての経験やスキルを持った人々です。今まで同年代の友人が解雇されるという事態に私は遭遇したことがなかったのでショックです。日本も不景気だと聞きます。すっかり日本の状況には疎くなってしまいましたが、アメリカよりはマシであることを祈ります。失職は経済的に困窮するだけでなく、人としての自信を失うことだと友人の失職を目の当たりにして改めて認識する思いです。大量の失職者を出すことは、社会を暗くすることにもなります。私の住む街では、大量の失職者のため治安の乱れも懸念されてきています。
 

  さて一方、科学•医療関係者の経済状況は、ここアメリカでも世の流れとはちょっと違っています。今のところ事務方の人員を縮小する傾向にあっても、研究者や医者で解雇された人は聞きません。それどころか、オバマ大統領が経済活性化のための特別予算、American Recovery and Reinvestment Actにサインしたことで、NIH(National Institute of Health)の予算が通年より3割増になるそうです。NIHとは、それ自身が研究機関であると同時に、日本でいうところの日本学術振興会の役割も果たします。つまり、大量の研究費を全国の研究機関に振り分ける役割を担っています。その予算額はなんと、年間300億ドル($30 billion)です。今回はさらに、オバマ大統領のサインにより、100億ドルの追加が決定され、計400億ドルとなりました。私の勤める大学の教授達はこの追加予算をあてにして、シークエンサーなどの共用大型機器の購入を目指すグラント執筆会を設けたようです。また各ラボでも、今年一年、さらにグラント執筆に励む教授たちを見ることになると思います。
 

   アメリカでは、基礎研究を含めたサイエンス自体が大きなビジネス市場と捉えられているようです。不景気になると予算が削られがちな日本の研究事情とはほぼ正反対といえます。サイエンスの発展が経済発展を促すというレポートも、良くニュースで見かけます。例えば、第2次世界大戦後の経済成長の半分以上はサイエンスとテクノロジーの発展によるものだそうです。またもし、1ドルをNIHに追加すれば、1年以内に新サービスや新製品のかたちで2.5ドル分の価値となって返ってくるそうです。

  さらに、研究成果による二次的な経済効果の他にも、追加予算は直接的に5万人の新たな雇用を生み出すそうです。こちらではタダ働きの大学院生がいないので、研究費の額とラボの規模はしばしば比例します。つまり、研究費が増えれば雇えるポスドク•大学院生の数が増え、それをサポートするテクニシャンの数が増え、ラボを支える事務方、ラボをメインテナンスする業者の仕事も増えます。またラボが活性化すれば、使用する設備•試薬の量も増え、それによりサイエンス系企業が潤い、一般社会においても雇用を生み出していくということなのでしょう。また、こうして得たすぐれた研究成果は、学部生などの若い世代を刺激する結果となります。そしてもちろん、新発見や技術開発は近い将来、人間社会に新たな需要や職を生み出していくことになります。
 

   この不景気で、しばらく新規雇用を控えるという決断を行った研究機関も、もちろんあります。しかし反対に、このような時期だからこそより“研究力”を強化しようと、雇用する研究者の数を増やそうという大学も見られます。研究職は、大学院、ポスドク、テニュアトラックを経て、最後にテニュアをとるまで異動の多い職です。私も数年後にはどこかの職へ応募しなければなりません。その頃までに景気は回復していないかもしれません。しかし、少なくともこの国では、どのような不景気でも前向きな経営方針を取る研究機関が多いことは励ましとなります。そして、サイエンスをサポートするオバマ大統領には、政治に疎い私も思わず感謝してしまいます。

  大統領の人気は、研究者の間ではもちろん、社会でもまだまだ昇り調子です。写真は、去る1月20日にワシントンで行われたオバマ大統領就任式(Inauguration)の様子を友人の一人が撮ったものです。友人は、特別ルートで就任会場のチケット (purple ticket)を手に入れて、大統領の様子を直接見に行こうと試みました。しかしご覧の通りの人だかりで、結局、指定の場所へたどり着くことさえ出来ませんでした。人々はみな狂喜し、文字通りのお祭り騒ぎです。警察だけでなく軍部までもが乗り出して、事態の収拾にあたっていたそうです。ワシントンから遠く離れた私の大学では、平日にも関わらず大学公会堂で就任式のライブ中継が行われました。アメリカ全土で、大統領への強い期待と希望が伺えます。
 

(コンドン)
2009年3月掲載

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