コーヒーブレイク

「アメリカ東海岸留学日記」 第20回



 

> 2010年 6月 30日  「グラント執筆」

   今年はこちらも快晴の夏日が続いています。渡米したばかりの頃は真夏でも涼しいと感じたものです。しかし3年くらいたつと体が慣れるもので、日本に比べると湿度はかなり低いにも関わらず、蒸し暑く感じてしまいます。そしてガンガンにきいたエアコンの部屋が恋しくなるのだから不思議です。こうして心も体もアメリカナイズされていくということなのかもしれません。

   さて、今回はボスに頼まれたグラント申請についてその経緯をお話します。これまでにも何度か紹介しましたが、こちらでアシスタント•プロフェッサーになった後、多くの場合テニュアを取るための条件は、どれだけグラントをとって大学にお金をもって来られる研究者であるかです。基礎研究でバイオメディカルな分野では、NIHが募集する様々なグラントに応募するのが一般的です。それらの内、RO-1と呼ばれるグラントは一般的なラボグラントで、通れば約2億円を5年間で受給することができます。この金額はラボを支えるために必要な標準的な金額と考えられているので、テニュアの審査条件にもよく使われます。
 

   私が所属する学部教育も行うような大学では、教授陣(PI)は一般的に1つのRO-1、他にもう少し小規模なグラントを同時にいくつか持っています。しかし、メディカル•スクールや、研究所など教育を行わない施設では、RO-1を2つ持つPIも少なくありません。その場合、年間1億円弱の資金を一人で扱うことになります。そこから自分の給与を含めた人件費や、物品購入を行うわけで、感覚としては小さな会社を切り盛りするのと変わらなくなります。日本のように大講座制のないアメリカのシステムでは、PIがこけると、その下にいる学生もポスドクもテクニシャンも路頭に迷うことになります。同じアシスタント•プロフェッサーといっても、求められる責任と権利の大きさは日本とアメリカで大きく異なるようです。

   そのため、アメリカでは大きなお金や施設、及び多数の人材を扱う分野になるほど、ポスドクとして修行する期間が長くなる傾向にあります。メディカルな分野では、6〜7年間ポスドクを行うのが標準的なのだそうです。反対に、数学や、バイオインフォマティクス、進化学などの頭脳•コンピューター系の分野では2〜3年くらいが標準的だそうです。日本では、ポスドクは3年間でも長いと考えられますし、6年もたってしまうと、年齢的な問題から助教の職はないと言っても過言ではありません。アメリカにいる日本人のポスドクの悩みとしてよくあるのは、アメリカでPIになるにはまだ経験が足りないが日本で助教に応募するには歳を取りすぎてしまったというものです。私自身も、学位を取得してから早3年たってしまい、そろそろ進退を考えなくてはならなくなってきました。
 

   アメリカでも日本でも、独立してラボを持つならば研究費がとれる人間にならなくてはなりません。そこで、ボスに頼まれたこともあり、ラボ用のRO-1グラントを初めて書いてみることになりました。といっても、RO-1は教授以上しか応募できないので、正式にはボスの名前の元に、co-investigatorとして申請することになります。他人のためにグラントを書くのは時間の無駄とも考えられますが、申請が通った後に私が独立することがあれば、そのお金を持って異動することができ、お金のない初期にはそれは大きなメリットとなります。またボスの元で一度プロセスを経ておくことは、私にとっても良いトレーニングとなるため、今回は引き受けることにしました。

   ボスが昔書いた申請書を見せてもらい、それをテンプレートに自分の研究内容について書くことになりました。ページ数は12ページと短く、フェローシップの申請などと比べてもそんなには変わりありません。しかし、フェローシップ申請では半分くらいを自分の研究ヒストリーや、トレーニングプランに割くのに比べ、ラボグラントでは12ページ全てについてぎっしり研究プランを書くことになります。また、申請するお金の金額が大きくなり、研究に従事する人間の数も複数になります。そのため、それに見合う規模の研究内容を提案する必要があります。これまでフェローシップ申請しか行ったことがなかったので、初めはどの程度まで研究計画を広げるべきなのか悩みましたが、同じデパートメント内の複数の教授陣とのディスカッションの後、大きな骨組みを作成することができました。
 

   ラボグラントの特徴は、ラボを支える資金となるので、研究計画はFail Safeなものでなくてはなりません。チャレンジングな内容で、失敗した場合になんの成果(論文やパテントなど)も得られないようでは、ラボとして存続して行くことができないからです。そのため、研究内容には全ての項目に付いて失敗した場合にも次のステップに進める他の選択肢を複数用意する必要があります。また、これまでの申請者の研究実績から、この計画がいかに実現可能かを納得させるために多くのページを割く必要があります。つまり、必ず成功する研究内容を書く必要があるわけで、一見すると夢の無いつまらない研究内容ともなります。しかし一方で、研究クオリティの高さはもちろん、オリジナリティのレベルも最も大きな評価の対象となります。世界初であることや申請者にしかできない技術を駆使した実験等は高く評価を得ることができます。先鋭的な研究は冒険的にもなりがちです。しかし、その中に必ず成功する要素をいかに組み込むか、そのバランスが大事なのだそうです。また、パズルゲームのようですが、研究計画の順番や書き方も工夫する必要があります。例えば、チャレンジングな項目は安定性のある項目と一緒のセクションにすることで、セクション全体の成功率を高く見せることができます。
 

   このように、ラボグラントのフェローシップと異なる点は、執筆の仕方一つでも、高いスコアを得るための様々なコツを知る必要があることです。これらのコツは申請に至るまでの様々なプロセスで必要になってきます。一つは、NIHの政治を知ることです。教授陣は通常、NIH内に懇意な人間をそれぞれ持つようです。彼/彼女に頻繁に電話をすることで、自分の申請内容の実際の評価や避けるべきレビューワーのいる分野などを知ることができます。同じRO-1グラントでも様々な分野があります。分野によって、予算の割り振りや競争率も異なります。そして、分野ごとにレビューワーの名前と所属が公開されており、好ましい/避けたいレビューワーがその分野に入っているかどうかはお金がとれるかどうかの大きな分かれ目となります。そのため、NIH内の人間のアドバイスを受けつつ、どの分野に申請するかは慎重に選ばなければなりません。

   私の場合は結局、ボスがレビューワーになっている分野に応募することになりました。その場合、ボス自身がレビューすることを避けるために、私の申請書は別途作成されたスペシャル•パネル•セクションに回されます。このセクションはNIHのレビューワーのみが申請できるセクションということになります。申請書が何百通と来る通常セクションに比べ、このセクションでは10通程度しか集まらないため、審査のスピードが速くなります。そして身内に甘いのは人の常なのか、どういうわけかスコアの標準点が高くなりやすいのだそうです。 NIHに貢献している研究者にはそれなりの恩恵を、ということなのかもしれませんが、まさに情けは人のためならず、というわけです。
純粋に勉強のために、と引き受けたグラント執筆でしたが、思わぬところで政治の世界について多く学ぶことになりました。どの国でも上に行けば行くほど政治色が濃くなるのは避けられないようです。私も徐々にそのような世界に入っていくべきライフステージに近づいているということなのかもしれません。
 

(コンドン)
2010年7月掲載

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