コーヒーブレイク

「アメリカ東海岸留学日記」 第16回


 

> 2009年 11月 3日  「アメリカの男女共同参画」 

   10月末はハロウィンです。こちらでは日本でいうところのお盆にあたるイベントなので、中々重要です。今年はボスの思いつきで、パンプキン•カービング•コンテストをラボでやることになりました(写真)。2、3人でチームを作り、デザイン性•技術力などを競うというものです。私の勤め先は普通の大学なので、学部生も多く、このような家庭的なイベントもたまに行われます。学部生教育を含むような機関では、研究能力だけでなく、教育能力、そして人間性もテニュア(パーマネントな教授職)をとるための大きな判断要素となるようです。

  さて今回は、アメリカの女性研究者の現状について紹介したいと思います。日本でも、男女共同参画により国立系大学では女性研究者専用の助教や準教授職ができているようですね。このような制度については、賛否両論だと聞いています。男性からすれば、女性専用職というのは、反対に男性に対する差別だとも考えられるのかもしれません。しかし、実はここアメリカでも、2001年に政府機関であるNational Science Foundation (NSF)が似たような制度を特別グラントという形で設けました。
 

   例えば、ワシントン大学ではこの特別グラントにより、子供が出来た場合、産休•育休時の給与のサポートが保証され、7年間のテニュアトラックの審査を1年間延長できるようになりました。しかし制度だけを設けても、競争の激しいテニュアトラックにいる助教たちは、実際にはこの制度を利用することにためらいがあります。そこで大学側が行ったのは、制度の利用を推奨するための意識の改革です。学部長が、子供ができた職員に対し、積極的に制度を利用することを勧めたのだそうです。これにより現在では、多くの人がこの制度を利用するようになりました。私の勤める大学でも、子供ができた場合は、男女問わずテニュアトラックの審査を1年間延長することができますし、それは当然の権利だと考えられています。

  この制度は、実は大学側にも大きなメリットをもたらしました。子育てなどで仕事を完全に離れねばならない時期は、人生の中でほんの数ヶ月〜数年にすぎません。この特別な人生の変遷期を大学側が支えることで、才能ある人材を手放さなくて済むのです。実際に、ワシントン大学で掛かった費用の総計は、年間$16,000(約160万円)に過ぎませんでした。これは新しい人材を雇い直す費用に比べれば、大幅に安いと言えます。また、このような制度を設けたことで、他の大学へ引き抜かれかねないような優秀な人材も、あえてワシントン大学に残ることを選ぶようになったそうです。
 

   私の周りの日本人研究者でも、アメリカで独立してラボを持つことを選んだ人々が何人かいます。男女共に30代半ばで、業績的には日本でも職を得られる優秀な人々です。しかし彼らがアメリカを選んだ理由の一つは、研究環境だけでなく家族のサポート面でもアメリカの方が優れているためだそうです。研究に没頭する人生はすばらしいですが、それでも仕事か家庭か、どちらかを泣く泣く選択しなければならない社会よりも、どちらもが実現できる社会で働きたいと思うのは、男女問わず当然ではないかと思います。これから日本の研究環境も大きく変わって行くとは思います。男女共に対して、家族や人生に対する社会からのサポートや、家庭と研究人生は切り離されるのでなく両立されるべきという意識の改革は重要です。そしてこれが、ワシントン大学の例を見るように、優秀な人材を国内につなぎ止め、さらに才能ある人材を海外からも引き寄せる大きなメリットとなっていくのではないかと思います。

  一時的には強制であっても、女性教授を積極的に雇う事は、将来的な女性研究者を育てることにも繋がるとNIHの報告では出ています。学生時代に、ロールモデルとなるような女性の教授から指導を受けることで、女性が科学の分野で活躍できる可能性を身近に感じられるからだそうです。現在アメリカのサイエンス分野の女性大学院生の比率は40%に上りますが、女性の教授から指導を受けたことのある学生は、11%にすぎません。また、強制的に女性教授の人数を増やすことは、研究機関内での意識の改革を促すことにもなります。アメリカの大学でも雇用の際に推薦(コネ)が大きく影響することがあります。そのような場合、推薦者も雇用主である大学も男性で構成されており、結果的に同じ男性の候補者が受け入れられやすくなるのが現状だそうです。例えば、ユタ大学のサイエンス分野では2000年まで女教授職の受け入れ比率は0%でした。しかしNSFの制度導入により2003年には33%まであげたところ、制度終了後の現在でも女性教授職の雇用比率は変わらず30%程度に保たれています。制度導入が終わった後も比率が下がることがないということは、機会さえ与えられれば、女性研究者が男性研究者に劣ることなく教授職を全う出来ることを証明しているといえます。
 

   他に、アメリカ教授職の男女差別問題によくあがるのが、給与の差です。似たような職歴、業績、ポジションであっても、一般的に女性教授は男性教授に比べ、給与が低いのだそうです。一説には、女性は給与の交渉時に強く出られない傾向があるためだそうですが、これも女性が大学という社会の中でマイノリティであるという意識から、強く出られないためかもしれません。アメリカでも、トップレベルの研究機関で上の地位を占めるのは、まだまだ男性が多数です。家庭の仕事を大幅に免除されている傾向にある男性教授により支配される大学で、女性教授が家庭と仕事を両立していくことが難しいのは当然かもしれません。一方、アメリカのライフサイエンス系企業は、いち早く男女雇用比率改善策に打って出ました。男女を共に職場に配置する事で生まれる人材の多様化が、商品開発において大きなメリットとなることに気がついたのです。実際、それら企業の顧客の多くは女性であり、女性ならではの発想は重要です。このような企業における良環境とアカデミアにおける制度の遅れから、アメリカでは、女性Ph.D.保持者の多くはポスドクを1-2年間経たあと、企業の研究職に付く傾向があります。私の学部でも、女性大学院生の比率は50%以上にのぼりますが、ポスドク以上になると30%まで落ちてしまいますし、アカデミアに残ることを目指しているシニアのポスドク(ポスドク4年目以上)では10%以下になるのが現状です。

  以上のことから、研究分野における男女雇用比率の差は、多くの場合、男女の性質や能力の差が起因ではなく、社会制度に理由があると言えます。そして、一時的には強引に見えても、差をなくす制度の導入は効果があると思われます。家庭と仕事の両立は、何も女性だけの希望ではないはずです。どちらかを犠牲にしなくてもよい社会では、男女が共に、家庭と仕事の両方を真に楽しむことができるのではないかと思います。
 

(コンドン)
2009年11月掲載

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